【特集】拡大新生児スクリーニング
愛媛県における拡大新生児スクリーニングの取り組み

愛媛大学大学院医学系研究科 小児科学講座 講師
濱田 淳平 先生

 愛媛県では2021年10月に、ライソゾーム病5疾患(ポンペ病、ファブリー病、ゴーシェ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型)と脊髄性筋萎縮症(SMA)、重症複合免疫不全症(SCID)の計7疾患を対象とした拡大新生児スクリーニングが始まりました。
 本事業の立ち上げに尽力された愛媛大学大学院医学系研究科小児科学講座 講師の濱田淳平先生に、愛媛県における拡大新生児スクリーニングのあゆみと現状、今後の展望について伺いました。

インタビュー実施日:2023年4月26日

愛媛県における拡大新生児スクリーニングのあゆみ

――愛媛県において、拡大新生児スクリーニングの取り組みはどのように始まったのでしょうか?

 まず、全ての新生児を対象に公費負担で実施されている、新生児マススクリーニングの体制についてお話しします。愛媛県内には新生児マススクリーニング検査実施機関がなく、3年ごとの契約で県外の検査機関に委託しています。そのため、精密検査の集約化や精度管理等に関する議論が起こりにくく、新生児スクリーニングそのものに対する医療者の関心もあまり高くない状況が続いていました。

 転機が訪れたのは、2019年11月のことです。私たちが開催した内分泌代謝領域の研究会に熊本大学小児科教授の中村公俊先生にお越しいただいた際に、熊本県で先駆的に実施されてきた拡大新生児スクリーニングの状況を教えていただきました。当時、拡大新生児スクリーニングに関しては愛媛県のみならず四国4県のいずれにおいても、まだ産声も上がっていませんでした。私は愛媛県における新生児マススクリーニングの状況や、拡大新生児スクリーニングの実施に興味を抱いたことを、中村先生にお伝えしました。

「そういう状況であるならば、拡大新生児スクリーニングの立ち上げをお手伝いしますよ」

 中村先生にこのようにお声がけいただいたことが、全ての始まりでした。愛媛大学医学部が主導する形で、公費負担の新生児マススクリーニングも含めて、県内の新生児スクリーニング体制を整備していく方針が打ち出されました。私は小児科教授の江口真理子先生とともに、拡大新生児スクリーニングを開始するための準備を進めることになりました。

――どのような準備を進めてこられたのでしょうか?

 拡大新生児スクリーニングは任意検査であり、希望された方から検査費をいただきます。また、産科医療機関や検査機関と契約を交わしますので、事務局的な役割を担う存在が必要です。そのため、一般社団法人の立ち上げから始めました。

 法人としての定款の作成や登記申請等の手続きに関して、私たちは全くの素人です。司法書士や公認会計士の方々と何回も情報を交換し、他県の事例も参考にしながら、少しずつ手続きを進めていきました。江口先生を代表理事とする一般社団法人愛媛小児先進医療協議会の設立に至ったのは、2021年2月のことでした。

 次に着手したのが、県内の産科医療機関との契約です。新生児スクリーニングは、産婦人科医や助産師の方々のご理解とご協力なしには絶対に成り立ちません。愛媛県産婦人科医会の会員の先生方に向けて講演する機会をいただき、拡大新生児スクリーニングの意義についてお話ししました。講演後、事業への参加に関する各産科医療機関からの同意の取得と契約の締結は順調に進みました。

 一方で私は、産婦人科医・助産師の方々にご協力いただきながら事業を継続していくためには一度きりの講演では不十分で、各施設へのより丁寧な説明が必要だろうと考えました。時節柄、リモートでの説明会も選択肢として考慮できる状況ではありましたが、可能な限り県内の産科医療機関を一軒一軒訪問し、産婦人科医・助産師の方々と顔を突き合わせて意見を交換し、ご理解と納得の上で事業に参加していただけるよう努めました。県内各地の施設を訪問したのは、2021年夏の約2カ月間でした。帰り道、自分自身への「ご褒美」としてサービスエリアで食べたアイスクリームが格別に美味しかったことが思い出されます。

 幸いなことに拡大新生児スクリーニングに対する否定的なご意見はほぼなく、2021年10月には県内の分娩取扱施設全29施設(2023年4月現在27施設)にご参加いただく形で一斉に開始することができました。

濱田先生

拡大新生児スクリーニングの実施体制

――愛媛県における拡大新生児スクリーニングの実施体制をご教示ください。

 対象はライソゾーム病5疾患(ポンペ病、ファブリー病、ゴーシェ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型)とSMA、SCIDの計7疾患です。検査機関について中村先生にご相談した際、熊本県や福岡県における拡大新生児スクリーニングの検体検査を一手に担っているKMバイオロジクス株式会社(熊本県熊本市)を紹介していただきました。同社に相談したところ愛媛県の検体検査にも対応していただけるということで、既にデータと経験が蓄積されている7疾患を対象としました。

 前述の通り、公費負担で行われる従来の新生児マススクリーニングの検体検査に関しては現在、県外の他の検査機関に委託しています。そのため、ろ紙血検体を共有することは難しく、拡大新生児スクリーニング専用のろ紙に3スポット余分に検体を採取していただく必要があります。この点は今後の課題です。

 各産科医療機関からKMバイオロジクス株式会社にろ紙血検体を送付していただき、同社による測定の結果、陽性と判定された場合は精査機関である当院(愛媛大学医学部附属病院)に紹介していただくこととしています。当院では陽性者への精密検査や遺伝カウンセリング、診断確定者への治療に対応します(図1)。

図1 愛媛県における拡大新生児スクリーニングの実施体制

図1 愛媛県における拡大新生児スクリーニングの実施体制
提供:愛媛大学大学院医学系研究科 小児科学講座 濱田淳平先生

これまでの実施状況

――これまでの実施状況はいかがでしょうか?

 開始から1年半が経過した2023年3月末の時点で、検体数は1万を超えました。出生数に対する拡大新生児スクリーニングの実施率(同意率)は、85%前後で推移しています(図2)。開始当初の目標を70%と設定していたのですが、最初の月から80%を超える実施率を達成することができました。これもひとえに、各産科医療機関のスタッフの方々のご理解とご協力によるものだと思います。

図2 愛媛県拡大新生児スクリーニング 実施率(同意率)の推移

図2 愛媛県拡大新生児スクリーニング 実施率(同意率)の推移
提供:愛媛大学大学院医学系研究科 小児科学講座 濱田淳平先生

 最初は周産母子センターや総合病院など、分娩数が多い施設から拡大新生児スクリーニングを開始するという地域もあると思います。しかし、愛媛県では、県内どの地域で出生しても、希望すれば拡大新生児スクリーニングを受けられる体制づくりを最大の目標に掲げて準備を進めてきましたので、拡大新生児スクリーニング開始当初より、全ての分娩取扱施設より検体の提出があったことは非常に喜ばしいことでした。

 2023年4月現在、診断確定に至った症例はまだ経験していませんが、再採血や要精密検査判定となった症例は予想より多い印象を受けています。要精密検査となった件数が最も多いのはムコ多糖症Ⅱ型ですが、いずれも遺伝子解析の結果、過去の報告などより、酵素活性が低下するも症状を呈さない、pseudodeficiency(偽欠損)の可能性が高いと判断しました。ライソゾーム病スクリーニングでは、こういった偽陽性の症例が比較的多いため、今後の精度管理が課題です。

――愛媛県において、拡大新生児スクリーニングの取り組みはどのように始まったのでしょうか?

 保護者は、精密検査の対象となった疾患そのものを全く知らず、紹介された大学病院をよく分からないままに訪れる場合がほとんどです。あらかじめインターネットなどで調べてから訪れる方では、目にした情報を悲観的に受け止め、大きな不安を抱えておられる場合もあります。

 そうした方々に対してスクリーニングの結果と精密検査の必要性について説明する際には、まず、スクリーニングでは疾患を見逃さないことを第一の目的として、ある程度の幅を設けて陽性と判定していることをお伝えします。陽性と判定されたからといって、診断が確定したわけでないことをご理解いただくことが大切です。その上で、たとえ精密検査によって診断が確定したとしても、このタイミングで診断できれば早期に治療を開始できること、治療によって発症や進行を遅らせることが期待できることをお伝えします。陽性判定が出た以上、保護者に不安な気持ちを抱かせていることは否定できませんので、スクリーニングの意義と今後の方針を丁寧に説明することで、その不安を少しでも軽減するよう努めています。

 また、要精密検査となったケースでは全例、説明の場に認定遺伝カウンセラー®にも参加してもらう体制を敷いています。新生児スクリーニングは、疾患を発見して治療することだけに目を向けていればよいわけではありません。陽性判定が出た場合や、精密検査の結果として診断が確定した場合、あるいは診断が否定された場合などいずれのケースにおいても、検査に同意してくださった方の不安をやわらげながらサポートしていくことが大切です。そこで重要な役割を果たすのが遺伝カウンセリングであり、必要に応じてこれを提供できる体制を整えておく必要があります。

濱田先生

四国4県で拡大新生児スクリーニングが開始

――最後に、これまでの総括と今後の展望をお聞かせください。

 2019年、最初に中村先生にご相談したとき、「最後は情熱ですよ」とおっしゃっていただいたことが、一般社団法人の設立や関係機関との契約など、要所要所で私の背中を押してくれたように思います。立ち上げたからには途中で投げ出すことなく事業を始め、軌道に乗せなければならないという使命感のようなものも、いつしか抱いていました。当初の考えを曲げることなくここまで推進してこられたのは、何より趣旨に賛同していただき、ご参加いただいた皆様のおかげです。

 愛媛県の取り組みを契機として四国の他の3県でも準備が進み、高知県では2023年4月から、香川県と徳島県では2023年6月から、それぞれ同じ7疾患を対象とした拡大新生児スクリーニングが始まることになりました。今後は四国4県が「ONE TEAM」で、情報を交換しながらデータの蓄積や精度管理を進めていきたいと考えています。