熊本県では、熊本大学病院小児科が中心となり、全国に先駆けて拡大新生児スクリーニングの取り組みが進められてきました。
今回は熊本大学大学院生命科学研究部 小児科学講座 教授の中村公俊先生に、熊本県における拡大新生児スクリーニングのあゆみと成果、今後の展望について伺いました。中村先生は「拡大新生児スクリーニングの有用性を示していきたい」と語っておられます。
熊本県における拡大新生児スクリーニングのあゆみ
――熊本県において、拡大新生児スクリーニングの取り組みはどのように進められてきたのでしょうか?
2006年、パイロット研究として開始したファブリー病の新生児スクリーニングが、熊本県における拡大新生児スクリーニングの始まりです。背景には、その2年前にファブリー病の治療法として酵素補充療法が臨床導入され、早期診断・早期治療の重要性が増していたこと、また、簡便なスクリーニング方法としてろ紙血検体を用いた酵素活性測定法が報告されていたことがありました。
その後、同様に酵素補充療法などの治療法が臨床導入され、早期診断・早期治療の重要性が増しているライソゾーム病として、2013年からはポンペ病、2016年からはゴーシェ病とムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型の新生児スクリーニングを開始しました。
現在ではこれらライソゾーム病5疾患の新生児スクリーニングを、公費負担の新生児スクリーニングに追加する形で、受益者負担の任意検査として実施しています。
また、ろ紙血検体から定量PCR(qPCR)検査によりスクリーニングを行うことができる原発性免疫不全症(PID)と脊髄性筋萎縮症(SMA)の新生児スクリーニングを、2019年と2021年にそれぞれ開始しています。
PIDは、ロタウイルスワクチンの定期接種化により、禁忌である重症複合免疫不全症(SCID)をワクチンの接種時期(生後2カ月ごろ)以前に診断することが重要であることから、新生児スクリーニングの対象とすることの意義が高まっている疾患です。
SMAは、治療薬が近年相次いで承認されましたが、発症後の治療効果は限定的であることから、早期診断・早期治療が求められている疾患です。
拡大新生児スクリーニングの実施体制
――熊本県における拡大新生児スクリーニングの実施体制をご教示ください。
ライソゾーム病の拡大新生児スクリーニングにおいては、スクリーニングの趣旨に賛同していただいた産科施設が、保護者のインフォームドコンセントを得た上で新生児のろ紙血検体を検査センター(KMバイオロジクス株式会社)に送付します。同社による酵素活性測定の結果を受けて精査が必要と判断された児に、熊本大学病院小児科を受診していただくという体制を敷いています(図)。
ろ紙血検体は、公費負担による新生児スクリーニングのために採取された検体の一部を用いますので、新生児への採血を追加で行う必要はありません。
図 熊本県における拡大新生児スクリーニングの実施体制
拡大新生児スクリーニングの成果
――拡大新生児スクリーニングによって、これまでにどのような成果が得られているのでしょうか?
ファブリー病については、熊本県を含む6県(熊本県、福岡県、佐賀県、宮崎県、香川県、広島県)および沖縄県、兵庫県の各1施設において実施された拡大新生児スクリーニングにより、2006年から2018年の期間に新生児599,711名中37名(女児11名、男児26名)が病的バリアント、20名(女児7名、男児13名)が機能未知のバリアント(variants of uncertain significance;VOUS)と判定されたことを報告しました1)。
ポンペ病については、熊本県および福岡県で実施された拡大新生児スクリーニングにより、2013年から2020年の期間に新生児297,387名中1名が乳児型ポンペ病、7例が遅発型ポンペ病の可能性ありと診断されたことを報告しました2)。
ゴーシェ病については、熊本県(2016~2021年)および福岡県(2019~2021年)で実施された拡大新生児スクリーニングにより、新生児155,442名中4例がゴーシェ病(Ⅱ型1例、Ⅲ型3例)と診断されたことを報告しました3)。
ムコ多糖症Ⅱ型についても、熊本県と福岡県においてこれまでに20万名近くの新生児を対象に拡大新生児スクリーニングを実施しており、診断に至ってフォローアップ・治療導入に結びついたケースを経験しています。
表 ライソゾーム病拡大新生児スクリーニングの結果
- Sawada T, et al. Mol Genet Metab Rep. 22: 100562, 2020. (PMID: 31956509)
- Sawada T, et al. Orphanet J Rare Dis. 16(1): 516, 2021. (PMID: 34922579)
- Sawada T, et al. Mol Genet Metab Rep. 31: 100850, 2022. (PMID: 35242582)
産科施設・検査センターの理解と協力が不可欠
――拡大新生児スクリーニングの取り組みを進める中で、どのような困難がありましたか?
私たちがファブリー病の新生児スクリーニングをパイロット研究として開始した当時は、遺伝性疾患を早期に診断するという考え方そのものがまだあまり受け入れられていませんでした。
新生児スクリーニングの対象疾患の基準としては「集団検診のためのWilson-Jungner基準」4)がよく応用され、そこでは「病態がよく理解されている」、「診断と治療の過程が適切である」などの基準が提唱されていますが、ファブリー病もこの多くを満たす疾患であるという考えの下、取り組みを進めてきました。
拡大新生児スクリーニングを始めるためには、地域の産科施設および検査センターの理解と協力が不可欠です。最初は各施設に向けて説明を丁寧に行うよう努めました。その結果として県内の産科施設の参加率は100%に達し、現在に至っています。
産科の先生方の理解の下、拡大新生児スクリーニングの意義を説明するパンフレットなどを施設に置いていただいたことで父母への啓発も進み、検査への同意率も向上してきたと考えています。
自治体が主体となって行われる公費負担の新生児スクリーニングと異なり、拡大新生児スクリーニングは誰が主体であるのかを明確にした上で、強い決意を持って取り組まなければ前に進まないと思います。将来的には公費負担の新生児スクリーニングの対象疾患が拡充していくことが望ましいですが、そのためには拡大新生児スクリーニングの有用性を示していかなければならないと考えています。
熊本県・熊本市が拡大新生児スクリーニングの費用を助成
――2022年4月から、熊本県・熊本市による拡大新生児スクリーニングに対する公費助成が始まりました。
拡大新生児スクリーニングは、パイロット研究として実施される期間を除いては受益者負担の任意検査として実施されるのが一般的です。そうした中、熊本県と熊本市は拡大新生児スクリーニングの費用の一部を公費負担とすることを決め、2022年4月から助成を開始しました。助成により、拡大新生児スクリーニングを受けるための受益者負担は、5,000円程度ですむことになります。
この決定に至るまで、私たちも年1回の連絡会などで拡大新生児スクリーニングの成果と公費化の必要性を自治体に伝えてきましたが、何より大きかったのは、スクリーニングによって診断に至り、子どもの治療を始めることができた当事者からの声でした。当事者がメディアを介して拡大新生児スクリーニングの公費化の必要性を訴えてくださったことが、自治体の決定を後押ししたと思っています。この動きが全国に広がっていくことを期待しています。
文献
- Sawada T, et al. Mol Genet Metab Rep. 22: 100562, 2020. (PMID: 31956509)
- Sawada T, et al. Orphanet J Rare Dis. 16(1): 516, 2021. (PMID: 34922579)
- Sawada T, et al. Mol Genet Metab Rep. 31: 100850, 2022. (PMID: 35242582)
- Wilson JM, et al. Bol Oficina Sanit Panam. 65(4): 281-393, 1968. (PMID: 4234760)