ムコ多糖症の治療

ムコ多糖症の治療

ムコ多糖症に対する治療は、欠損している酵素を体外から補充することで細胞内に蓄積しているグリコサミノグリカンの分解を促進し、症状の改善を図る根治的な治療と対症療法に大別されます。

根治的な治療として、病型・重症度により酵素補充療法あるいは造血幹細胞移植(骨髄移植、臍帯血移植)が選択されます。

ムコ多糖症の治療法

酵素補充療法

遺伝子組換え技術によって合成された酵素製剤を、点滴静注などにより体外から補充する治療法です。

現在、日本国内ではムコ多糖症の四つの病型(Ⅰ型、Ⅱ型、ⅣA型、Ⅵ型)に対する酵素補充療法が実用化されています(2021年3月現在)。

従来の酵素補充療法では、高分子の蛋白質である酵素製剤が血液脳関門(Blood-Brain Barrier;BBB)を通過できず、ムコ多糖症Ⅰ型、Ⅱ型の中枢神経症状に対する効果を得ることができませんでした1,2)

近年、脳室内に直接投与する酵素製剤や、血液脳関門通過型の酵素製剤が日本国内で承認され、ムコ多糖症Ⅱ型に対する治療として選択できるようになりました。

用語解説

血液脳関門(Blood-Brain Barrier;BBB)

血液脳関門は脳毛細血管にある内皮細胞により構成される機構であり、脳内への物質輸送を制限することにより脳の機能の維持に寄与しています。一般的に、蛋白質などの高分子化合物は、血液脳関門を通過することはできません。

トランスフェリンやインスリンのようないくつかの内在性の蛋白質や、抗トランスフェリン受容体抗体、抗インスリン受容体抗体は、内皮細胞の細胞膜上の脳血管側に発現する受容体を介して血液脳関門を通過し、脳血管内皮細胞および脳実質側へ輸送されることが知られています。この輸送システムを利用した脳内薬物送達技術の開発が、世界中で行われています3)
造血幹細胞移植

ムコ多糖症に対する造血幹細胞移植は、生着後のドナー細胞からの持続的な酵素供給が期待できます。早期に移植を実施することで、ムコ多糖症Ⅰ型、Ⅱ型の中枢神経症状に対する効果が得られる可能性があります1,2)

ムコ多糖症Ⅰ型、Ⅱ型以外の病型に対する造血幹細胞移植の効果は認められない、または限定的です。ムコ多糖症に対する造血幹細胞移植の適応は、病型、年齢、重症度、ドナーの有無などを考慮し、専門医と相談して判断することが望ましいと考えられます4)
対症療法

ムコ多糖症は全身にさまざまな症状が現れるため、関連する診療科で症状に応じた対症療法が行われます1,4)

慢性中耳炎や難聴に対しては、鼓膜チューブ挿入や補聴器の装用が行われます。

重度の上気道閉塞による睡眠時無呼吸発作に対しては扁桃・アデノイド切除が行われ、症状の改善がみられない場合は持続陽圧呼吸(CPAP)療法が適応となります。

心弁膜症に対しては薬物療法が行われ、重症例では弁置換術などの手術療法が行われます。

中枢神経症状に対しては、定期的な発達評価と療育・リハビリテーションを実施します。

その他、以下のような外科的手術が行われます。

  • 臍・鼠径ヘルニアに対する外科的根治術
  • 脊椎形成不全・変形による脊髄圧迫症状や重度の股・膝関節変形、手根管症候群に対する整形外科的手術
  • 進行した角膜混濁に対する角膜移植
  • 水頭症に対する脳室-腹腔シャント(V-Pシャント)
ムコ多糖症では全身麻酔導入時、開口障害や上気道狭窄による挿管困難や、挿管の操作に伴う頸髄損傷などに注意を要します。

文献

  1. 日本先天代謝異常学会 編. ムコ多糖症(MPS)Ⅰ型診療ガイドライン2020. 診断と治療社; 2021.
  2. 日本先天代謝異常学会 編. ムコ多糖症(MPS)Ⅱ型診療ガイドライン2019. 診断と治療社; 2019.
  3. 薗田啓之. ファルマシア 52(11): 1051-1053, 2016.
  4. 小須賀基通. 小児科臨床 73(5): 714-719, 2020.