【特集】拡大新生児スクリーニング
新潟県における拡大新生児スクリーニングの取り組み

新潟大学医学部小児科学教室
ゲノム医療部遺伝医療センター 副センター長・助教
入月 浩美 先生

 新潟県では2021年2月に、ライソゾーム病4疾患〔ファブリー病(男児のみ)、ポンペ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型〕と原発性免疫不全症の計5疾患を対象とした拡大新生児スクリーニングが始まりました(2023年4月から脊髄性筋萎縮症が加わり、計6疾患)。

 本事業の立ち上げに尽力された新潟大学医学部小児科学教室の入月浩美先生に、新潟県における拡大新生児スクリーニングのあゆみと現状、今後の展望について伺いました。

インタビュー実施日:2023年8月9日

新潟県における拡大新生児スクリーニングのあゆみ

――新潟県において、拡大新生児スクリーニングの取り組みはどのように始まったのでしょうか?

 新潟県で拡大新生児スクリーニングの立ち上げ準備を始めたのは、2018年ごろのことです。今でこそ全国的な広がりを見せている拡大新生児スクリーニングの取り組みですが、当時はまだ事例が限られ、私自身も何から手を付ければよいか分からない状態でした。熊本県において、全国に先駆けて取り組みを進めてこられた遠藤文夫先生(熊本大学 名誉教授/くまもと江津湖療育医療センター 総院長)にご助言を仰ぎ、検査体制の構築に必要なことを教えていただきました。熊本大学を訪問し、実地を見学したこともありました。

――どのような準備を進めてこられたのでしょうか?

 最初に着手したのは、関係機関との連携です(図1)。行政(新潟県・新潟市)のほか、従来の新生児マススクリーニング(公費負担)において検査機関としての役割を担っている新潟県保健衛生センターや、県医師会、県・市産婦人科医会、新潟大学医学部産科婦人科学教室・総合周産期母子医療センター等との面会を重ね、新しい取り組みである拡大新生児スクリーニングへの協力を依頼しました。

入月先生

図1 拡大新生児スクリーニング体制構築の主な流れ

図1 拡大新生児スクリーニング体制構築の主な流れ
提供:新潟大学医学部小児科学教室 入月浩美先生

 2019年12月には「一般社団法人 新潟小児希少疾患協会〔The Association of Children's Rare Diseases in Niigata;ASCRN(あすくるん)〕」を、新潟大学医学部小児科学教室内に設立しました。本協会は拡大新生児スクリーニングの実施主体に位置付けられ、その設立を機に、具体的な実施体制の協議が始まりました。

 実施体制の協議において私たちが特に強く希望したのは、従来の新生児マススクリーニングで使用したろ紙血検体を、拡大新生児スクリーニングにも用いることでした。そのためには従来の新生児マススクリーニングの実施主体である行政の理解を得る必要がありましたが、協議を重ねて新潟県と新潟市の両者と文書を交わし、また、保健衛生センターにも協力していただく形で、希望通りに1枚のろ紙血での運用が可能になりました。

 協会の設立から1年あまりが経過した2021年2月、常勤小児科医のいる総合病院を中心に「希少疾患に対する付加新生児スクリーニング検査」を開始しました。

拡大新生児スクリーニングの実施体制

――新潟県における拡大新生児スクリーニングの実施体制をご教示ください。

 従来の新生児マススクリーニングでは行政の管轄の下、産科医療機関で検体採取を行い、保健衛生センターで検査を実施し、私たち新潟大学医歯学総合病院小児科が陽性者の対応にあたっています(図2)。拡大新生児スクリーニングにおいてもこの実施体制の多くを活用していますが、対象疾患のスクリーニングは保健衛生センターでは実施できないため、外部検査機関(積水メディカル株式会社)に委託しています。

図2 新潟県内の新生児スクリーニング検査実施体制

図2 新潟県内の新生児スクリーニング検査実施体制
提供:新潟大学医学部小児科学教室 入月浩美先生

 拡大新生児スクリーニングの対象疾患は、2021年の検査開始時はファブリー病(男児のみ)、ポンペ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型、原発性免疫不全症の5疾患で、2023年4月から脊髄性筋萎縮症がこれに加わり、計6疾患となりました。

 検査結果は保健衛生センターを介して産科医療機関に送付され、健診時などに保護者に説明されます。陽性判定が出た場合は当科にも連絡が入り、当科で精密検査やフォローアップ等を行います。

 ライソゾーム病の検査フローを図3に示します。このうち白血球酵素活性測定については、ろ紙血検査の結果と大きな乖離がないことが経験的に分かったため現在では割愛し、初回から全例に遺伝学的検査を実施しています。

図3 ライソゾーム病の検査フロー

図3 ライソゾーム病の検査フロー
提供:新潟大学医学部小児科学教室 入月浩美先生

 参加医療機関は、検査開始当初こそ常勤小児科医のいる総合病院を中心とした数施設にとどまっていましたが、その後徐々に増加し、2023年3月末時点の参加数は県内の分娩取扱医療機関全35施設中30施設まで拡大しています。

これまでの実施状況

――これまでの実施状況はいかがでしょうか?

 検査開始(2021年2月)から2023年3月末までの期間に、13,834名の新生児が拡大スクリーニングを受検しています。同意率は施設ごとにばらつきがありますが、全体では85~90%程度で推移しています。ろ紙血を従来の新生児マススクリーニングと共用しているため新生児や産科医療機関の負担が増えないことが、高い同意率の維持に寄与しているのではないかと思います。

 検査開始から2022年9月末までの期間(全10,248検体、ファブリー病5,252検体)にファブリー病2例、原発性免疫不全症2例〔アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症1例、partial DiGeorge症候群1例〕が確定診断に至りました。ポンペ病およびムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型についても陽性者は出ているものの、精密検査により偽欠損症や保因者であることが確認される場合が多く、真の罹患者はまだ見つかっていません。

2024年2月末までにファブリー病1例、ポンペ病1例が新たに診断に至りました。

 なお、ADA欠損症と診断された1例は、日本国内で初めて、無症状のうちから酵素補充療法を開始することができた症例となりました。一方で私たちは、拡大新生児スクリーニングの開始後に出生したものの、その医療機関ではまだスクリーニングを実施していなかったために受検機会を得られず、発症後に診断されて予後不良であった原発性免疫不全症(細分類の確定には至らず)の症例も経験しています。新潟県だけでなく日本全国の問題として、出生した地域や医療機関にかかわらず全ての新生児が、平等に受検機会を得られる体制を敷く必要があると考えています。

――運用面での課題はありますか?

 新潟県で実施されている新生児スクリーニングにおける精密検査機関は、新潟大学医歯学総合病院のみです(脊髄性筋萎縮症の精密検査は、国立病院機構西新潟中央病院でも実施予定)。そのためスクリーニング事業の把握・連携は比較的容易なのですが、精密検査により真の罹患者であることが確認され、そのご家庭が遠隔地にお住まいであった場合は、大学病院まで時間をかけて通院していただかなければならないことになります。従来の新生児マススクリーニングでは治療に関して、必要に応じて県内の各医療機関に協力を依頼していますが、拡大新生児スクリーニングにおいても同様の連携体制を敷く必要があります。

入月先生

 また、前述したように一部の疾患では陽性者の多くを偽欠損症や保因者が占める一方、真の罹患者はまだ発見されていません。例えばムコ多糖症Ⅱ型は検査開始から2022年9月末までの期間に受検した10,248例中17例(0.17%)が再採血となり、12例(0.12%)が精密検査の対象となりましたが、そのうち8例は明らかな偽欠損症であることが確認されました。この結果等を鑑み2023年2月以降、ムコ多糖症Ⅱ型の欠損酵素であるイズロン酸-2-スルファターゼのカットオフ値を従来の6.5μM/hから2.3μM/hに引き下げました。真の罹患者を見逃さない(偽陰性例を防ぐ)ようにしつつ偽陽性例を減らすために、カットオフ値の最適化は引き続き重要な課題です。

 さらに、偽欠損症や病的意義が明確でないバリアント(VUS)が確認された場合のフォローを、いつまで、どのくらいの頻度で継続すべきかということも課題となっています。偽欠損症に関してはこれが明らかである場合、保護者との相談の下、終診としている例も数例あります。

県内の実施率100%を目指して

――最後に、これまでの総括と今後の展望をお聞かせください。

 新潟県内には大学病院の関連医療機関が多く、拡大新生児スクリーニングのような新しい取り組みを進めやすいという側面はありました。しかし、まだ参加されていない施設も残されていますので、県内の全ての分娩取扱医療機関にご理解・ご協力いただけるよう、働きかけを進めていきます。同時に産科医への情報提供・フィードバックと一般に向けた啓発活動を推し進めて100%の同意率を果たし、県内の実施率を100%とすることを目指したいと考えています。

 対象疾患の追加に関しては、ムコ多糖症ⅣA型・Ⅵ型・Ⅶ型や酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症、ゴーシェ病、副腎白質ジストロフィー等、候補となる疾患は複数あります。ムコ多糖症Ⅱ型のように中枢神経系症状への有効性が期待できる治療法が登場したからこそスクリーニングの対象となった疾患もありますので、今後も検査技術や治療法の進歩に応じてアップデートしていきたいと思います。

 日本全国を見渡すと、拡大新生児スクリーニングの実施状況は地域ごとに異なっているのが現状です。自治体の理解と協力が得られず、体制の構築に苦労しておられる地域もあるかもしれません。私の経験からは、出生した全ての新生児が平等に受検機会を得られる体制の必要性を訴え、理解していただくことが、取り組みを進める第一歩になると感じています。その中で私たちにできることとして、各地域と情報を共有しながら検査体制の最適化やフォローアップ体制の標準化を図っていきます。また、県内の実績を発信することを通じて、拡大新生児スクリーニングの認知度の向上とさらなる普及に貢献したいと考えています。