ムコ多糖症患者を対象にした全身麻酔の注意点

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ムコ多糖症患者を対象にした全身麻酔の注意点

2022.5.26(配信元:ステラ・メディックス)

 ムコ多糖症患者の症状は全身におよびその治療のために全身麻酔を伴う手術を受ける機会は多い。手術を行う前に、気道、呼吸、心臓の障害の有無を確認し、それぞれが麻酔管理上の問題になるかを見極めることが重要である。そのほか頸椎の不安定性や血管確保などの問題もある。ここでは大阪公立大学大学院医学研究科教授の森隆教授の監修の下、麻酔科の観点から見たムコ多糖症患者を対象とした全身麻酔の注意点を解説する。

麻酔管理で最も問題になる気道管理の問題

 ムコ多糖症の患者は全身に症状が現れ、それらの治療のために全身麻酔を伴う手術を必要とすることは多い。手根管症候群に対する手根管開放術、滲出性中耳炎に対する鼓膜切開、扁桃肥大に対する扁桃摘除術のほか、ヘルニア、心臓や脊椎の手術などケースが想定される。また、中心静脈カテーテル留置やMRI検査を行う際に安静を保てない小児の検査では全身麻酔や鎮静を検討することがある。

 麻酔科の観点から見たときに、ムコ多糖症に対して全身麻酔を行う上で最も大きな問題になるのは気道管理である。特にムコ多糖症I型(特にHurler症候群)やムコ多糖症II型(Hunter症候群)では年齢とともに気道の狭窄が起こりやすく、気道管理が問題になりやすい。

 ムコ多糖症患者では、気道周囲の結合組織にムコ多糖(グリコサミノグリカン、GAG)が蓄積すると、巨舌、扁桃肥大、咽頭喉頭周囲の組織肥厚などの症状が認められる。さらに、喉頭周囲の骨格変形、短頸や小顎が認められることもある。こうした症状がある場合、上気道の狭小化、前方型の喉頭が認められるようになるためマスク換気や気管挿管などの気道確保が難しくなることが予想される。また骨・関節へGAGが沈着することにより、顎関節の可動域減少による開口制限や下顎の前方移動制限、頸椎可動域制限が認められることもあり、いずれも挿管を困難にする。

 他にも喉頭軟化症、気管軟化症、気道の分泌物増多、頸椎の不安定性が生じることもあり、いずれも気道管理を難しくする問題点となる。また、GAG蓄積が進むと、気管軟骨の肥厚や変形、気管粘膜の肥厚も起こるため、上気道ばかりではなく下気道の狭小化も問題になり、呼吸・気道管理は一層困難になる。

呼吸器合併症の要因になる呼吸器症状に気をつける

 気道の症状に伴う呼吸器系の合併症のリスクにも注意を払う必要がある。事前の検査により呼吸器の症状が認められる場合には、全身麻酔に伴う呼吸器合併症が起こりやすくなる。特に長時間にわたる侵襲の大きな手術を行った場合には、術後に呼吸器系の合併症として肺炎や低酸素血症を起こすことがある。例えば、上気道の狭小化が進んでいる場合には、睡眠時閉塞性無呼吸が認められることがあり、この場合には全身麻酔を行った場合の麻酔時および麻酔後の呼吸困難につながりやすいため気をつける必要がある。また、上気道の狭窄に加え、喉頭や喉頭粘膜の肥厚などによって、吸気時に肥厚した粘膜が喉頭内に引き込まれると喘鳴や嗄声を起こしていることもある。こうした場合も全身麻酔に伴って呼吸困難を招く可能性を考慮する。

 胸郭へのGAG沈着による胸郭変形も問題になる。この変形が起こると胸郭が固くなり、肺のコンプライアンスが低下して拘束性換気障害が起こることがある。これも呼吸困難を招きやすく、さらに気管支の狭小化の影響もあり、閉塞性肺疾患にもつながる可能性がある。一方で、肝脾腫が起こることにより横隔膜を圧迫して、胸郭の容積が狭くなる問題が起こることもある。気道へのGAG沈着や精神発達遅滞を伴う中枢神経障害により気道の反射が弱くなり、慢性的な誤嚥性肺炎が起きていることもあり、全身麻酔を行う際には呼吸器合併症のリスクを高める要因の一つとして注意をする。

弁疾患などの心血管系の症状も事前に把握する

 全身麻酔では心血管系の合併症リスクも注意を要する。ムコ多糖症の患者では、心筋症や弁疾患、冠動脈疾患、心臓刺激伝導系の障害による不整脈が認められることがある。こうした心血管系の症状がある場合は、全身麻酔を伴う手術により心臓機能の低下や危険な不整脈などの異常を招く可能性が考えられる。そのため手術を実施する前には、小児循環器内科による診察、心電図や心エコーを用いた評価などを実施する。心臓の症状が認められる場合は、手術前にご家族に心血管系の合併症リスクについて説明する。

 心臓の症状もGAG沈着が原因になる。中でも多いのが弁疾患である。大動脈弁や僧帽弁の異常により閉鎖不全が起こることが多く、狭窄が起こることもある。冠動脈のびまん性の狭窄がある場合、心筋虚血の危険性があり注意が必要である。GAG沈着によって、心筋症を生じたり、左室の収縮が障害や、逆に心筋肥大により拡張が障害されたり、心機能の低下が認められたりすることもある。呼吸困難やけん怠感などを伴う慢性心不全にまで至る場合もある。心臓刺激伝導系の問題としては、手術中に不整脈や完全房室ブロックが起こるケースも報告されている。不整脈により心停止に至るケースも考えられるため、手術前にこうした心臓刺激伝導系の異常がないかは把握しておくことが重要となる。

頸椎の不安定性を評価する重要性

 頸椎の不安定性の評価も重要である。特にムコ多糖IV型(Morquio症候群)では、頸椎の不安定性は椎骨の歯突起形成不全に伴う問題である。必要であれば、手術前に脊椎を専門とする整形外科医に診察を依頼し、MRI検査や神経症状の評価などにより頸椎の可動域を確認するようにする。例えば、気管切開を行う際の首を後ろに曲げる動作(頸部伸展・後屈)によって神経症状が起こる可能性が考えられる。脊髄神経障害を起こさないように事前の評価は重要である。手術体位により脊髄神経障害につながる可能性がある場合は、運動誘発電位のモニタリングすることで頸髄圧迫が起こらないよう対策することも考慮される。

 全身麻酔が困難である場合、神経ブロックによる区域麻酔による手術のほか、鎮痛薬を用い自発呼吸を保った状態で手術を行うMonitored Anesthesia Careも検討する。脚や股関節、手の手術であれば、全身麻酔ではない対応が可能な場合もあり得る。

ムコ多糖症ならではの麻酔の注意点

 気道の問題や睡眠時無呼吸症候群がある場合は、麻酔前投薬として鎮静薬は投与しないか、減量する必要がある。もし投与した場合はSpO2モニタリングや呼吸状態の監視が必須となる。

 麻酔導入時の気道確保困難が予測される場合にはデバイスの使用や気管切開を検討する。気管挿管を助けるデバイスとしては、ビデオ喉頭鏡や気管支ファイバー、声門上器具(ラリンジアルマスクなど)がある。例えば、頸椎の不安定性がある場合にはビデオ喉頭鏡、気管支ファイバーを用いて気管挿管を行うことがあり、声門上器具も選択肢となる。

 ただし、呼吸苦が認められる症状の重い患者の場合には、気管支ファイバーなどを使ってもチューブを進められず気管挿管が難しいこともある。そのため狭窄の状態次第では気管切開を要することもある。その場合には前もって耳鼻科医と打ち合わせを行うとよい。組織の肥厚により首が進展しにくく気管切開も難しい症例では体外循環による人工心肺を検討する可能性もある。

 血管確保が難しい点にも注意が必要である。GAG沈着により組織の肥厚で血管が見えづらいことがある。血管確保が難しい場合には超音波装置を使って血管確保を行うことも考慮する。

 手術のあいだ、手術のやりやすさを考慮して長時間にわたって同じ姿勢・体位を保つと、それぞれの体位特有の合併症に遭遇する危険性がある。骨格の変形や関節の可動域減少のある場合は、体位が可能か事前のシミュレーションも検討する。体位によっては、末梢神経障害、圧障害、血流障害につながる可能性があるので、個別に配慮を要する。

 術後の注意点として、ムコ多糖症の中には水頭症や精神発達遅滞など中枢神経症状を起こしていることもあり、麻酔薬に対して麻酔への感受性が高まっており、結果として覚醒遅延もあり得ることに気をつける。痙攣やせん妄を起こすこともある。一般的に術後は確実に覚醒した状態で呼吸状態や意識の回復を確認してからチューブを抜き、気道狭窄・閉塞、呼吸抑制、無気肺に注意する必要がある。ムコ多糖症では特に慎重に状態を確認することが重要であるが、術後の呼吸抑制などに対応するため必要に応じて集中治療室で術後のモニタリングも実施する。

ムコ多糖症の手術前には麻酔科医に相談を

 全般的な注意点としては、ムコ多糖症I型やムコ多糖症II型に関してはまだ麻酔関連の情報があるものの、そのほかの病型は頻度が低いため症例報告はあっても情報が不足している。ムコ多糖症患者の全身麻酔を実施する際には、ムコ多糖症I型やII型の注意点を踏まえ、気道管理の問題につながる症状をはじめ、麻酔関連合併症リスクにつながる症状がないかを見極めることが大事である。

 また、ムコ多糖症の患者は症状が多様であり、特に重症型・進行型の場合は、手術経験のある施設で行うのが望ましいと考えられる。重症型で年齢とともに症状が進行し、麻酔時の気道確保が難しくなるケースは多い。ムコ多糖症患者が手術を行う場合には、病型にかかわらず事前に麻酔科医に相談をするようにする。その際に、特に気道、呼吸、心臓の症状に関して分かっている情報をまとめておくと麻酔科医の判断の助けになる。病型と診察所見から必要な術前検査や術前の専門家へのコンサルトを依頼することになるだろう。最終的にはそれぞれの患者の事前評価に基づいて個別の対応をすることが肝要である。

監修:大阪公立大学大学院医学研究科教授 森 隆先生

森 隆(もり たかし)先生

大阪公立大学大学院医学研究科教授。麻酔科部長。1990年、大阪市立大学医学部を卒業。98年、大阪市立大学医学研究科外科系専攻博士課程修了。2003年、米国ノースウェスタン大学医学部分子薬理学教室リサーチフェロー(大阪市立大学在外研究員)。2020年より現職。

文献

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