取材レポート
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疾患をもつ子どものバイオサイコソーシャルアプローチ

順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 准教授
田中 恭子 先生

 患者の状態や置かれた状況をバイオ(生物)、サイコ(心理)、ソーシャル(社会)の三つの側面から捉える考え方を、バイオサイコソーシャルモデルと呼びます。小児科診療の現場においては、子どもの状況をバイオサイコソーシャルモデルの視点で捉え、そのケアもまた、バイオサイコソーシャルモデルに基づいて実践することが求められます。
 小児科医として子どもと親のこころの問題に取り組んでこられた順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 准教授の田中恭子先生に、疾患をもつ子どものバイオサイコソーシャルアプローチについて伺いました。また、ムコ多糖症Ⅱ型患者の発達に関する知見を紹介していただくとともに、今後の課題についてご意見を賜りました。

インタビュー実施日:2024年1月21日

疾患をもつ子どものこころのケア:三つの枠組み

――疾患をもつ子どものこころに影響を及ぼす因子にはどのようなものがあるのでしょうか?

 生物学的因子、心理学的因子、社会的因子の三つに分けて考えることができます(表1)。このように患者をバイオ(生物)、サイコ(心理)、ソーシャル(社会)の三つの側面から捉える考え方を、バイオサイコソーシャルモデルと呼びます。

表1 疾患をもつ子どものこころに影響を及ぼす因子

表1 疾患をもつ子どものこころに影響を及ぼす因子
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生

 生物学的因子としては、脳腫瘍、内分泌疾患(甲状腺の疾患など)、代謝異常など、疾患による直接の影響が挙げられます。また、放射線療法やステロイド、化学療法、抗てんかん薬、インターフェロンなど、脳神経や精神に作用する治療の影響も、これに含まれます。
 心理学的因子としては、子どもの体およびこころの発達状況や性格・気質のほか、防衛機制や発達課題(自我同一性、集団帰属性、親子関係など)があります。これらに加えて、医療そのものが子どもにとってのトラウマ体験となる「メディカルトラウマ」も心理学的因子に含まれます。
 社会的因子には、家族のほか子どもを取り巻く社会・教育・福祉全般が含まれます。家族は子どもにとって最も重要な社会的因子であり、家族が安心で安全なものでないと、こころの発達に影響が及ぶ可能性があります。また、慢性疾患をもつ子どもにおいて特徴的なのは、入院の長期化に伴い、患者・家族と医療スタッフ間の関係性(病棟内力動)が、こころの発達に影響する場合があるという点です。
 小児科診療の現場においては、子どもの状態をこうしたバイオサイコソーシャルモデルの視点で捉え、そのケアもまた、バイオサイコソーシャルモデルに基づいて実践することが求められます。

――バイオサイコソーシャルモデルに基づくケアとは、どのようなものでしょうか?

 生物学的なケアとしては薬物、心理学的なケアとしては心理支援、社会的なケアとしては環境調整が挙げられます(表2)。

表2 子どものこころのケア:三つの枠組み

表2 子どものこころのケア:三つの枠組み
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生
 

 慢性疾患をもつ子どもは、療養生活におけるさまざまな経験(疾患発症、医療行為、親子分離など)が先ほど述べたメディカルトラウマとなり、これに対する心理的反応を示す場合があります。トラウマに対する心理的反応としては①侵入性(再体験)、②鈍麻(または回避)、③過覚醒の三徴が知られています。
 トラウマ体験を克服するためには、心理社会的な側面から適切な支援と介入を行う必要があります。トラウマ体験の影響を念頭に置いた支援・介入を「トラウマインフォームドアプローチ」と呼びます。
 メディカルトラウマに伴う心的外傷後ストレス様症状は子どもだけでなく親にも遷延することが知られており1)、親と子ども、二世代にわたるトラウマインフォームドアプローチが求められる場面も少なくありません。

神経発達症をもつ子どもへのアプローチ

――神経発達症をもつ子どもに対しては、どのようなアプローチが求められるのでしょうか?

 神経発達症をもつ子どもへのフォローにおいては、①基本的障害の代償と克服、②個々の適応行動の発達を促すこと、③行動の異常・かたよりの減弱と予防の三つを念頭に置くことが求められます()。心理社会的な介入や生活全般への働きかけを医師だけで行うことは難しいため、子どもの得意なこと・苦手なことは何か、生活面でどのような工夫ができるかなどについて心理士やソーシャルワーカーほか多職種とともに話し合い、方針を決めていくことが大切です。

田中 恭子先生

図 神経発達症をもつ子どもへのフォローの目標

図 神経発達症をもつ子どもへのフォローの目標
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生

 情報の伝え方を工夫することも大切です(表3)。神経発達症をもつ子どもに対しては聴覚的指示よりも視覚的指示のほうが効果的であることが多く、今からすべきことや行くべき場所を言葉だけでなく絵や写真で示すと理解しやすく、記憶にとどめやすいことが知られています。また、神経発達症をもつ子どもはその特性があるがゆえにさまざまな社会的場面、環境とのすれ違いから自信を失いやすいため、成功体験で自信を育てることを意識しながら関わるとよいと思います(表4)。

表3 情報の伝え方を工夫

表3 情報の伝え方を工夫
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生

表4 成功体験で自信を育てる

表4 成功体験で自信を育てる
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生

――言葉の遅れがみられる子どもに対しては、どのような関わり方をすべきでしょうか?

 私は外来などの場面で、親御さんや園の先生方に向けて「インリアル*1 アプローチ」を紹介しています。インリアルアプローチとは、言葉の発達に遅れのある子どものために米国のコロラド大学で開発されたもので、大人が子どもに関わるときの言葉がけの技法としてミラリング、モニタリング、パラレル・トーク、セルフ・トーク、リフレクティング、エキスパンション、モデリングの七つの技法が紹介されています(表5)。

*1:INREAL;INter REActive Learning and Communication

表5 インリアルアプローチ

表5 インリアルアプローチ
提供:順天堂大学医学部附属順天堂医院 小児科・思春期科 田中恭子先生

 私は外来で、この七つの技法を親御さんにお示しして「このように関わるとよいですよ」と伝えています。ですが、親御さんは1日中ずっと、子どもたちの世話をしているわけにはいきません。そのため、「1日に5分間だけでもよいですから、子どもの行動に関心を寄せて、このような関わりをしてみてくださいね」とお伝えするようにしています。

ムコ多糖症Ⅱ型の認知発達および適応行動

――ムコ多糖症Ⅱ型患者の発達に関しては、どのようなことが分かっているのでしょうか?

 ムコ多糖症Ⅱ型患者50例を対象とした自然歴調査では、患者は定型的な発達を示したグループと、ある一定年齢まで正常な発達を示した後、急速に退行したグループに分けられることが示されました2)
 ムコ多糖症Ⅱ型患者の介助者73名を対象とした、患者の適応行動に関する経時的な追跡調査では、ムコ多糖症Ⅱ型患者はVineland-Ⅱ*2 適応行動尺度におけるコミュニケーション、日常生活スキル、社会性、運動スキルの各領域の有意な低下を認め(p<0.0001、t検定)、各下位領域も有意に低下していることが示されています(p<0.0001、t検定)3)

*2:Vineland Adaptive Behavior Scale, second edition

 ムコ多糖症Ⅱ型が身体的(生物学的)に多岐にわたる疾患であることは、以前から知られていました。これらの調査結果は、ムコ多糖症Ⅱ型が心理学的にも社会的にも多様性に富む疾患であることを示すものと言えると思います。
 近年、ムコ多糖症Ⅱ型に対する生物学的治療の選択肢が広がったことで、患者の発達推移はさらに多様になると考えられます。これは、多様性に富む子どもたちを社会的に受け入れる準備ができるかが、今まで以上に問われるようになることを意味します。治療選択肢の広がりは、ムコ多糖症Ⅱ型をもつ子どものこころの発達支援のあり方について改めて考える、よい契機となるかもしれません。

――田中先生は、ムコ多糖症Ⅱ型治療薬パビナフスプ アルファ(遺伝子組換え)(イズカーゴ®点滴静注用10mg)の国内第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験(JR-141-301試験)において発達評価に携わっておられました。治験への関わりを通じて、ムコ多糖症Ⅱ型患者の発達に関してどのような考えをおもちになりましたか?

 治験では患者の発達に関して、副次評価項目としては新版K式発達検査2001とVineland-Ⅱ適応行動尺度、その他の評価項目としてはBSID-Ⅲ*3 とKABC-Ⅱ*4 を用いた評価が行われました4,5)

*3:Bayley Scales of Infant and Toddler Development, third edition
*4:Kaufman Assessment Battery for Children, second edition

 私が印象的だったのは、治験薬の投与開始前(ベースライン)の時点で、新版K式発達検査2001を用いた発達評価において発達指数が境界域にある患者が少なからずおられたことでした。発達指数が境界域にある方は、周囲からすると全く問題なくみられます。本来の認知スキル以上のタスクが要求されることも多く、そのような環境の中で自己肯定感が低下するなど、「生きづらさ」を抱えることが多いことが知られていますので、ムコ多糖症Ⅱ型患者のケアにおいては、知的な発達の遅れがみられる患者への支援のみならず、境界域にある患者への支援のあり方も考えていく必要があると感じました。
 治験において私は、発達評価を担う心理士を対象とした研修の講師も務めました。研修では発達評価の方法だけでなく、ムコ多糖症Ⅱ型をもつ子どもと親が抱える困難に目を向けることの大切さを伝えてきました。また、ムコ多糖症Ⅱ型への関心を治験のみで終わらせることなく、治験を通じて得た経験を、これから各自のフィールドで出会う患者と親の支援にも生かしてほしいということをお伝えしました。

子どものこころの発達支援:課題と展望

――子どものこころの発達支援に関して、今後の課題は何でしょうか?

 2023年12月にこども家庭庁から「1か月児及び5歳児健康診査支援事業」についての通知が発出され、5歳児健診の実施に向けた取り組みが各自治体で始まっています。母子保健法で義務化されている1歳6か月児健診と3歳児健診に加えて5歳児健診で発達を評価することは就学前の環境調整が可能になるという点でもメリットがあると考えられますので、期待しています。
 小児科診療におけるバイオサイコソーシャルモデルの視点の重要性については、わが国においても2010年前後から知られるようになり、徐々に浸透してきました。しかし、子どものこころの発達をどのように評価し、どのようにケアに結びつけていくかという実践的な部分は、まだ十分に浸透していないと思います。
 また、子どものよりよい未来のためには、育児を担う家族、そして家族を取り巻く社会全体の成熟が必要であるとするエコロジカルモデルも提唱されています。エコロジカルモデルにおいて、援助者は利用者の能力が高められるようエンパワメント(能力付与)を行うことが重要とされ、それぞれのシステムがその専門性を生かした直接的・間接的な援助を行うことが求められています。
 エコロジカルモデルはソーシャルワーカーの間では以前から知られていましたが、医学の領域への導入は十分には進んでいません。バイオサイコソーシャルモデルに基づくアプローチとエコロジカルモデルに基づくアプローチを融合させた、いわば“エコ-バイオサイコソーシャルアプローチ”による支援のあり方を考えていくことが望まれます。

出典

  1. Price J, et al. J Pediatr Psychol. 41(1): 86-97, 2016. (PMID: 26319585)
  2. Holt JB, et al. Pediatrics. 127(5): e1258-e1265, 2011. (PMID: 21518713)
  3. Needham M, et al. J Genet Couns. 23(3): 330-338, 2014. (PMID: 24190099)
  4. JCRファーマ株式会社社内資料:JR-141のムコ多糖症II型患者を対象とした第II/III相試験(JR-141-301試験):CTD 2.7.6.3(承認時評価資料)
  5. JCRファーマ株式会社社内資料:JR-141の臨床に関する概括評価:有効性の結果:CTD 2.5.4.3(承認時評価資料)