ミトコンドリア病の原因遺伝子を人とのつながりから突き止める
千葉県こども病院遺伝診療センター長 代謝科部長 村山 圭先生
2022.6.13(聞き手:ステラ・メディックス 星 良孝)
小児において説明が付かない症状を背景に、従来考えられてきた以上に見つかり始めている疾患の1つがミトコンドリア病である。ミトコンドリア病では、複数の説明が付かない症状、例えば発達遅延と肝障害、難聴と筋症状などを特徴とする疾患である。2000年代初頭からミトコンドリア病の原因遺伝子の解明に取り組んできた千葉県こども病院代謝科部長兼遺伝診療センター長である村山圭先生に、ミトコンドリア病の実態や治療に向けた課題などを聞いた。
村山 圭先生(撮影:村田 和聡、以下同)
村山先生は臨床医を続けながら、ミトコンドリア病の研究に取り組んできたこれまでを「臨床にいたからこそ症状に注目し、ミトコンドリア病の解明を進めることができました」と振り返る。臨床で出会う「説明の付かない症状」をきっかけに臓器や組織で起きているミトコンドリアの病理学的変化を見つめてきた。そして、生化学的な異常を酵素活性の測定により見極めることができるようになった。さらに、その原因となる「ミトコンドリアDNA(mtDNA)」やミトコンドリアに関連する「核DNA」の変異を、村山先生は分子遺伝学的解析によって同定することにも成功してきた。
「ミトコンドリア病の原因遺伝子は400種類近く見つかっていますが、基礎研究、海外、患者会など人とのつながりを活かし研究に取り組むことで、全体像の把握を進めてこられたのです」と先生は言う。
ミトコンドリアは細胞の中に存在する小器官の1つである。これは生命活動に必要なエネルギーの保存や利用に使われるATP(アデノシン三リン酸)を、「呼吸鎖複合体」と呼ばれる酵素の働きによって酸素から作り出す場である。ミトコンドリアのような小器官は、ライソゾームやペルオキシソームと共にオルガネラと呼ばれ、いずれについても最近の遺伝子解析などの技術進歩から、異常による疾患の原因の解明が進んでいる。
ミトコンドリア病は、呼吸鎖複合体に関連した遺伝子変異および、そのほかのミトコンドリアに関連した多様な要因によってATPを作り出す能力が低下する疾患であることが、研究が進むほどに分かってきている。
村山先生はミトコンドリア病の定義について「ミトコンドリア機能及びエネルギー産生不全によってもたらされる様々な臨床的障害に対する総称」と説明する。ミトコンドリア病はもともと Leigh脳症(リー脳症)や MELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)と呼ばれる神経や筋肉の異常として知られていたが、研究が進展するにつれて、乳酸値の上昇や肝臓の症状などの全く異なる症状として現れるケースが存在することも徐々に明らかになってきた。
日本で一般的ではなかった酵素活性測定に着手
村山先生は1997年に秋田大学医学部を卒業して千葉大学小児科の医局に入った。その際に「困っている子どもを救いたい」という思いから、村山先生は先天代謝異常を専門に選択された。その中でも当時は現在よりもさらに全容の分かっていないミトコンドリア病は「取り組みがいのある疾患」と感じた。
村山先生がミトコンドリア病に注目したのは、オーストラリアへの留学がきっかけだった。2000年代初頭、医局の先輩医師である大竹 明先生(現、埼玉医科大学特任教授)がオーストラリアへ留学し、取り組んだのがミトコンドリア病の酵素活性測定だった。オーストラリアでは皮膚線維芽細胞や筋肉の検体を基に酵素活性を測定することでミトコンドリア病を診断する手法が確立されていた。それは日本で一般的に選択される手法ではなく、日本国内においてミトコンドリア病の診断が難しい状態であった。
2006年、村山先生は大竹先生に続いてオーストラリアのメルボルンに赴き、ロイヤル・チルドレンズ病院においてミトコンドリア病の研究で世界に名の知られるデービッド・ソーバン先生(Dr. David Thorburn)の下で酵素活性測定を学び始めた。そこでミトコンドリア病と本格的に向き合うことになった。
「当初はミトコンドリア病については聞いたことはあったものの、疾患について詳しいわけではありませんでした。研究に取り組むほどに、ミトコンドリア病が説明の付かない症例の背景にありそうだとの確信を持ち始めました」と村山先生振り返る。そこで2007年にオーストラリアからの帰国後、酵素活性の検査によってミトコンドリア異常を確認する研究に取り組み始めた。
村山 圭先生
ミトコンドリア病の原因遺伝子解析が本格化
ミトコンドリア病を引き起こす遺伝子変異は、もともとミトコンドリアが持つmtDNAによって起こる、と考えられていた。1990年代にはmtDNAのすべての遺伝情報が明らかになっていたが、それらだけでは全容を説明できなかった。
1995年にリー脳症において核内の染色体に存在する核DNAの変異が発見されたことによりミトコンドリア病の原因遺伝子がmtDNAの中だけではなく、核DNAの中からも同定され始めることになった。mtDNAのサイズは16,660塩基対に対して核DNAはおよそ30億塩基であり、核DNAを対象としたミトコンドリア病の原因遺伝子の解析が本格化していくことになる。
村山先生が検査の重要なターゲットと考えたのは、先天性高乳酸血症だった。先天性高乳酸血症は、3分の2が亡くなる生存率が低い原因不明の疾患として認識されていたが、その原因についてはブラックボックスになっていた。
この原因について村山先生は「ミトコンドリアの異常によって起こる可能性」を想定していた。臨床の中で、仮死で生まれた場合などに乳酸値が上昇することはよくあるが、中にはどうしても説明が付かない高乳酸血症を診ることがあった。村山先生はそうした診断の付かない症例が多数存在していた状態を「大きな穴」であると感じていたという。
オーストラリアの留学で学んだ酵素活性測定の手法を用いることで、それらの原因を調べられなかった症例を検査することが可能となった。実際に原因不明の高乳酸血症の患者から採取した検体を調べると、ミトコンドリアに関連した酵素活性低下が認められた。そこから次々とミトコンドリア病が判明していった。後述するが、村山先生は過去に例のない規模で先天性高乳酸血症の実態を明らかにしていく。
2009年に一つの転機になる研究成果が出た。岡山県の津山中央病院・小児科の梶 俊策先生との共同研究から、肝臓の移植を受ける兄弟例においてmtDNA枯渇症候群を日本で初めて見つけたことだ。それまでミトコンドリア病と言えば、神経や筋症状を呈する疾患という見方が強かったため、接点があまり認識されていなかった肝症状を呈する症例から発見されたことのインパクトは大きかった。
これを機に、ミトコンドリア病の裾野は広く、ほかの原因不明の疾患にも紛れている可能性があるとの認識が広がった。村山先生は「この時から全国から酵素活性測定の依頼のため検体が毎日のように届くようになりました」と話す。
村山先生がオーストラリアに留学していた2006~2007年は、従来よりも高速かつ低コストで遺伝子解析が行える次世代シーケンサーが世に登場した時期と重なっている。帰国後、村山先生は酵素活性測定からミトコンドリア病が疑われた症例を対象とした遺伝子解析にも注力することになった。
この頃に埼玉医科大学ゲノム研究センター所長の岡﨑 康司先生(現、順天堂大学医学研究科教授)と接点が生まれて、ミトコンドリア病の原因となる核DNA変異を解明する共同研究が動き始めた。
「2007年は酵素ファースト、2010年からは遺伝子ファーストとなった」と村山先生は表現するが、2007年当初は臨床業務が終わってから酵素活性測定を地道に進め、そこから見つかった異常を確かめるために遺伝子解析を依頼する流れだった。それが2010年以降は組織的な遺伝子解析が本格的に動き始め、導き出される遺伝子の情報に基づいて村山先生が酵素活性測定でミトコンドリアの異常を確かめ、原因遺伝子を同定する体制が固まった。
ミトコンドリアDNA以外にも原因遺伝子は存在
村山先生がオーストラリア留学で学んだのは酵素活性測定の方法ばかりではなく、ミトコンドリアの酵素活性が失われる複雑なメカニズムの理解にも及んだ。これによって原因遺伝子の異常がミトコンドリア病にどのようにつながるかを解明する上で重要となった。
ミトコンドリアの内部には、呼吸鎖複合体と呼ばれる巨大な酵素が5つ(I~V)存在している。これらの酵素に関連した遺伝子異常があると、細胞のエネルギー源であるATPをうまく作れず、筋肉を動かすなどの生命活動ができなくなり、さまざまな症状が現れる。I~Vの呼吸鎖複合体はいずれも複合体という名の通り複数のタンパク質の“部品”が組み合わさる形で構成される。
例えば、呼吸鎖複合体Iは45のタンパク質から構成される。呼吸鎖複合体の酵素活性が低下するのは、これらの45のタンパク質のうちのどれかを作るために機能する遺伝子に変異が生じ、呼吸鎖複合体にも異常が起こるからである。
メカニズムに関して重要であった点は、呼吸鎖複合体を構成するタンパク質自体の遺伝子変異だけではなく、呼吸鎖複合体そのものとは無関係の遺伝子変異まで酵素活性低下に関わるということだった。
呼吸鎖複合体Iの場合は、構成する45のタンパク質の一部が遺伝子変異によって欠ける場合がある。そればかりではなく、呼吸鎖複合体の位置取りを決めるタンパク質、アセンブリー因子と呼ばれるものがあり、これに関連した遺伝子変異が起こった場合にも酵素活性が低下することがある。さらに、呼吸鎖複合体に影響する全く別のタンパク質、無機質、脂質代謝に関連した遺伝子異常が酵素活性低下の原因になることもあった。
こうした多様な遺伝子変異が影響する形で呼吸鎖複合体の酵素活性が低下し、エネルギー源となるATPが減少することでミトコンドリア病が発症することになる。
村山 圭先生
従来にはない規模で報告した新生児ミトコンドリア病281例の解析結果
2010年以降は次世代シーケンサーによる網羅的遺伝子解析の報告が多くなった。遺伝子変異が多く判明する中で、ミトコンドリア病を引き起こすと判明した変異が、既知の変異か、新たに発見された未知の変異かを見極める必要がある。しかし、ミトコンドリア病は症例数が国内に1例というケースが珍しくない。そこで海外との国際連携を強化した。
2014年に村山先生はドイツのミュンヘン、ヘルムホルツセンターミュンヘンの人類遺伝学の研究室へ短期滞在酵素消費量の測定について学ぶために短期滞在したが、これを機に海外とのネットワークを本格的に広げていくことになった。
2016年には従来黒毛和牛のミトコンドリア病として知られていたIARS異常症を人でも確認した。これは日本で発見された症例だけではなく、ドイツでも同じ症状を示す症例があり、遺伝子解析と酵素活性測定を行うことで発見に至っている。
また同年、日本で初めて核DNAの遺伝子変異によるミトコンドリア病を発見するに至った。これは、遺伝子解析の面から共同研究を進めてきた岡﨑先生が中心となって、宮城県で大規模研究を進めている東北メディカル・メガバンク機構も加わる共同研究から生まれた成果だった。142人のミトコンドリア病の患者を対象にゲノム解析をして、37の遺伝子異常を発見するに至った。
2018年には、日本のほか、英国、デンマーク、米国、サウジアラビア、トルコ、スペインなどの国際連携によって拡張型心筋症を呈するミトコンドリア病の原因遺伝子の同定を成功させた。原因不明の心筋症の背景にミトコンドリア病が存在していることを明確に示すことになった。
村山先生は見つかった遺伝子変異が本当に酵素活性低下につながるのかを生化学的な検査により確かめていった。こうした研究を経て、呼吸鎖複合体Iに関連する遺伝子の欠損が全体の約4分の3を占めていることが見えてきた。続いて関連するのは呼吸鎖複合体IV、IIIの遺伝子欠損である。IIに関連したものはほとんどなく、Vは遺伝子から異常が判断できた。
2016年には、日本で初めて核DNAの遺伝子変異によるミトコンドリア病を発見するに至った。これは、遺伝子解析の面から共同研究を進めてきた岡崎先生が中心となって、宮城県で大規模研究を進めている東北メディカル・メガバンク機構も加わる共同研究から生まれた成果だった。142人のミトコンドリア病の患者を対象に核DNAを調査して、37種類の遺伝子変異を発見するに至った。
最近では、原因遺伝子の同定はさらに高度化している。原因遺伝子の特定プロセスにおいては、従来のmtDNAと核DNAに加え、RNA、タンパク質全体を調べるプロテオーム解析や代謝物全体を調べるメタボローム解析も組み合わせるようになっている(マルチオミクス解析)。2019年、村山先生はPTCD3異常症を報告した。プロテオーム解析も行い、1症例の報告だけであるにもかかわらず多角的な解析を加えたことで病因遺伝子を証明することができた。
2020年にはリー脳症および重症型ミトコンドリア肝症の特徴を世界で初めて明らかにし、2021年には日本での核DNAに含まれる遺伝子変異による重篤な乳幼児発症ミトコンドリア病家系における出生前診断の現状も報告した。2022年にはミトコンドリア腎症の特徴を世界で初めて報告するなど研究成果の継続的な発表が続いている。
2021年には、村山先生が最初に手掛けた先述の先天性高乳酸血症を主な特徴とする新生児ミトコンドリア病281例の大規模な研究報告も行った。
これは新生児期の生後28日以内に発症した症例の臨床的特徴、遺伝子診断、予後を取りまとめたものである。新生児期に発症すると、乳幼児期や成人期に発症する場合よりも重篤化することが多く、臨床分類が重要になる。ここから多系統のミトコンドリア病が69%を占めている実態のほか、核DNA由来が82%で、ミトコンドリア遺伝子由来が18%であること、高乳酸血症が86%で認められるなどの特徴が従来ない規模の症例数に基づいて明らかになった。
患者の登録から治療法の確立も目指す
村山先生をはじめとしたグループはミトコンドリア病のレジストリを作っている。日本先天代謝異常学会は患者家族会の協力を得て先天代謝異常症患者登録制度(JaSMIn)を運営している。これらの枠組みの中でミトコンドリア病の登録も進めるというものであり、村山先生がミトコンドリア病のグループリーダーを務める。
日本では患者数や重症度、生活の質など、患者の実態が明確ではないために、新薬の国際共同治験に参加できずにドラッグラグにつながったという反省がある。その反省から患者の情報を蓄積に力を注いでいる。
村山先生は「ゴールは治療することだと考えています」と言う。既に治療の研究も始まっており、2010年から呼吸鎖複合体II、III、Ⅳの酵素活性を上げるアミノレブリン酸の臨床研究も行ってきた。これはミトコンドリア病の治療法を研究するための基盤を築くことにつながっていくだろうと期待される。治療法を構築するには、人と人のつながりも欠かせない。「基礎の研究者とのつながり、国際連携、患者団体、資金提供者との連携など、オールジャパンで取り組むことが重要」と村山先生は言う。
特に、幅広い分野での臨床医の協力も欠かせない。「ミトコンドリア病は軽いものから重いものまで幅があるのが特徴です。もし小児を診た時に、発達がおかしい、耳が聞こえにくいなど、何か説明が付かない症状が複数認められる場合は、ミトコンドリア病を常に考えてほしい。また、周産期に関わる医師、産科医、新生児科医でも、赤ちゃんを診るとき、通常の分娩経過と比べたとき、赤ちゃんが具合の悪くなった時に経過に違和感があるときはミトコンドリア病の可能性も考えて相談してもらってもいいと思います」と村山先生は話す。
実際にそうした症例の紹介をきっかけとしてミトコンドリア病が診断されることがある。もしかしたらミトコンドリア病かもしれないという臨床医の感覚と人とのつながりが適切な診断と適切な対処につながることになる。
村山 圭先生
村山 圭(むらやま けい)先生
1997年に秋田大学医学部卒業。同年千葉大学入局。2003年千葉県こども病院。2014年に現職。
文献
- Kaji S, et al. Mol Genet Metab. 97(4): 292-296, 2009. (PMID: 19520594)
- Kohda S, et al. PLoS Genet. 12(1): e1005679, 2016. (PMID: 26741492)
- Borna NN, et al. Neurogenetics. 20(1): 9-25, 2019. (PMID: 30607703)
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