ムコ多糖症の児童生徒に対する学校教育のあるべき姿
大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生
2022.3.24(聞き手:ステラ・メディックス 星 良孝)
ムコ多糖症の児童生徒は学校教育の中で配慮や支援が求められる。しかし、ムコ多糖症は患者数が少ないため教育現場での実例やケースに乏しく、家族、教員、医療関係者は対応に苦慮することも多い。
全国のムコ多糖症の子どもを持つ保護者への実態調査を行うなど、病弱教育の研究に継続的に取り組んできた大阪大学大学院人間科学研究科助教の永井祐也先生に、ムコ多糖症の児童生徒の学校教育における課題や求められる対応について話を聞いた。(2022年3月時点のご所属)
永井 祐也先生(撮影:菅野 勝男、以下同)
ムコ多糖症の児童生徒が学校教育で直面する課題
ムコ多糖症を含む慢性疾患の児童生徒の教育は病弱教育と呼ばれるが、その広がりのきっかけは1994年に文部省(当時)が出した「病気療養児の教育について」と題する通知だ。「学習の保障」「心理的安定への寄与」「積極性・自主性・社会性の涵養」「病気に対する自己管理能力の育成」「治療上の効果」の病弱教育の意義を示したこの通知を契機に、入院治療している児童生徒の教育を保障するために、大学病院を中心に院内学級が設けられるようになった。その後、病弱教育の取り組みは、退院後に自宅療養を必要とする児童生徒や小中学校や特別支援学校に通っている慢性疾患の児童生徒も対象と考えるようになり、全国に広がった。
図・病弱教育の意義(提供:大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生)
我が国は、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒ができるだけ小中学校の通常の学級で共に学ぶインクルーシブ教育システムを推進している。一方で、ムコ多糖症を含む慢性疾患のある児童生徒には個別最適化された学習環境を提供するために多様な学びの場が設けられている。具体的には、小中学校の通常の学級のほか、小中学校に設置されている特別支援学級と通級指導教室、そして、特別支援学校(幼稚部、小学部、中学部、高等部)である。通級指導教室は児童生徒が通常の学級に在籍しながら定期的に個別の支援や指導を受けるもので、特別支援学級は小中学校に設置され、個別の支援や指導を受けられる学級である。院内学級も入院している児童生徒にとって必要な学びの場となっている。
ムコ多糖症の児童生徒は、症状が軽い場合には(地域の)小中高等学校に通うことが可能だ。一方、症状が重くなると学校内の特別支援学級あるいは特別支援学校に在籍することになる。そのため、多様な学びの場という選択肢があるためにムコ多糖症を含む慢性疾患の児童生徒とその家族は、どこでどのように教育を受けるのか考えることが必要になる。また、ムコ多糖症は患者数が少ないため、教育現場のとるべき対応に不明な点も多く、関係者が課題に苦慮するケースもある。
ムコ多糖症の児童生徒が受けている教育の実態に関する全国調査を実施
永井先生はこうしたムコ多糖症の児童生徒の学校教育の課題に関心を持ち、実態調査や学校教育で求められる配慮や支援について研究を続けてきた。永井先生は和歌山大学教育学部に在籍し、病弱教育の研究に取り組む和歌山大学教授の武田鉄郎先生の研究室で学んでいた。転機になったのは2009年の学部3年のときだ。難病のこども支援全国ネットワークが沖縄県で開催した病気の子どもが参加するサマーキャンプに、永井先生はボランティア活動で参加した。キャンプは患者さん家族一組につきボランティア学生一人と看護師一人が付く形で運営され、永井先生はムコ多糖症III型の子どもを担当した。そしてお母さんとの話を通じて、ムコ多糖症の児童生徒が直面している学校教育の実態を初めて知った。
「そのムコ多糖症の子どもはもともと知的障害児を対象とした特別支援学校に通っていました。でも歩くことがままならなくなり、車いす生活での在籍が困難になったため、次は肢体不自由児を対象とした特別支援学校に移る必要があるとのことでした。特別支援学校は障害によらずに児童生徒に合わせた教育を続けられるものと理解していたため、特別支援学校間の転校が必要となることを疑問に思いました」と永井先生は振り返る。
そこで2010年、永井先生は学部在籍時からムコ多糖症の学校教育の実態を調べる全国調査を実施した。調査の目的は、ムコ多糖症の幼児児童生徒への教育的支援に関する保護者の認識、および、教育機関への在籍の実態を明らかにすることである。希少疾患であるため、学校の教員がムコ多糖症の児童生徒を担当する機会は限られる。教員を対象としたムコ多糖症の教育的支援の実態調査は難しいことから、調査はムコ多糖症の子どもを持つ保護者を対象とした。
アンケートは、日本ムコ多糖症親の会の協力を得て、会に所属する学齢期の子どもを持つ保護者に送付された。
質問内容として、学習の配慮・支援、医療に関する事項、設備・環境、病気の説明、学校種の移行、支援の有無などを項目とした。104通送付しそのうち66通が回収され、ムコ多糖症以外の6通の回答とまだ教育を受けていない2通の回答を除く57通を分析対象とした。
保護者の立場で実状を探る
調査の結果、「体育」と「教科学習」における配慮や支援の内容がまとまった。まとめるにあたり、永井先生はアンケートの記述回答から一つひとつ学校教育現場の実情を拾い上げ、整理をした。保護者は教育の専門家ではないので、現場の状況を客観的に整理するには丁寧に記述を読み解く必要があったためだ。結果、「健康への配慮」「学習保障」「心理的安定への寄与」「積極性・自主性・社会性の涵養」「配慮があると考えにくい対応」「その他」の6つのカテゴリーに回答を分類することができた。
「体育」に関しては多くの教育機関で「健康への配慮」と「学習保障」を中心に配慮や支援が行われていた。「健康への配慮」という面では、教員が児童生徒の体調に気を配っていたり、息切れを確認したりしているほか、理学療法士との連携を図るといった配慮や支援が行われていた。「学習保障」という面では個別対応を行うほか、できる範囲で参加できるようにする、評価指標を変える代替評価、通院などの都合に合わせる時間割の調整などを実施している学校があった。
図・体育における配慮・支援の内容(提供:大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生)
永井先生は体育での配慮や支援の課題に関して、「周りの大人が、良かれと思って『体育では無理をさせまい、体育をさせてはいけない』と考えてしまう傾向に気をつけてほしい。例えば、いつも見学させたり、運動の時間に絵を描いてもらったりしても、それは病気の児童生徒にとっては体育に参加した、ということにはならないからです」と話す。
その上で「病弱教育においては慢性疾患のある児童生徒が、健康な周囲の児童生徒と同じ運動をできなくても、身体的な制限がある中でも、教員の工夫によって、その児童生徒が取り組める活動に参加することが大切」と永井先生は指摘する。例えば、ムコ多糖症の全国調査ではムコ多糖症II型の児童に対する体育での配慮について報告されていました。その男児は「全国調査でもムコ多糖症II型の児童に対する体育での配慮についての記載がありました。その学校の体育の授業では、野球でバットを振ることができないその男児に対しては『バットを振る代わりに、ボールが投げられた時に目を閉じればボールを打ってセーフになったと見なす』という代替ルールを取り入れていました。他にも、徒競走に参加できない児童生徒がスタートを知らせるピストルを撃つ役割を担当するなど、周囲の児童生徒とは異なる方法・役割で競技に参加する例があります。このようにクラス全員が運動に参加できるアイデアを周囲のクラスメイトと出し合うことで、配慮・支援への理解は深まっていきます。体育の授業の評価においては運動の出来不出来に主眼が置かれがちになり、慢性疾患のある児童生徒の評価は低くなる傾向があります。しかし、体育においては運動だけではなく、スポーツへの理解を深めることも大切な要素。教員は、病状に合わせて、運動以外の代替評価を考えることが大切でしょう」と永井先生は話す。
「自己管理能力の育成」の視点が欠けていることは問題
一方、「教科学習」においては、「学習保障」のカテゴリーで個別対応や時間割の調整は行われていたものの、ほかのカテゴリーの配慮や支援はあまり行われていないという結果になった。永井先生は「体育のような配慮や支援を受けていない児童生徒が多かった。座って授業を受けられる限りは自分でがんばらせるということなのでしょう」と推定している。
図・教科学習における配慮・支援の内容(提供:大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生)
その上で、永井先生は全国調査で得られた回答の中に「自己管理能力の育成」に関連した配慮や支援が認められなかった点を課題に挙げた。慢性疾患のある児童生徒にとっては自分の病気を自ら理解して、投薬を続けたり、運動制限をしたりして、自分なりにコントロールしていく力を身に付けることは重要になる。「自己管理の反対は他者管理ですが、周りの大人は慢性疾患のある児童生徒を前にすると安全第一で他者管理をしたくなってしまう。結果として自己管理能力を育成する視点が欠ける傾向がある。教員も良かれと思って他者管理に傾いてしまうのですが、安全第一が行きすぎてしまうことは病気を抱える児童生徒の自立を妨げてしまいます」と説明する。
ムコ多糖症の場合であれば、子どもが自らの体調を意識して、運動時など息切れするときに休憩を申し出られるようにしたり、給食後の服薬が必要なときに自分で薬を準備して飲むことができるようにしたりすることである。ただし、自己管理に傾きすぎると、子どもがすべき健康管理をしなかったときの悪影響も想定される。永井先生は、「急に自己管理するのではなく、自己管理と他者管理のバランスをとりながら、少しずつ自己管理の割合を増やしていくとよいでしょう」と助言する。
病弱教育の意義についての理解を病院内での教育にとどまらず、小中高等学校等にも広めていき、健康への配慮や学習保障ばかりではなく、自己管理能力の育成のほか、心理的安定への寄与や積極性等の涵養も推進していく必要性があると永井先生は指摘する。
見落としがちな「学籍移動」
今回の調査では学年ごとの在籍についても調べている。ムコ多糖症の児童生徒は学年を重ねるに従って、小中高等学校の通常の学級から徐々に特別支援学級や特別支援学校に移動していく傾向があることが確認できた。ムコ多糖症は進行性の疾患であり、症状が重くなることにより、学籍移動を要する傾向がある。
図・学齢期の教育機関等在籍状況(提供:大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生)
小中学校において通常の学級から特別支援学級に移ったり、特別支援学校に移ったりすることがあるほか、同じ特別支援学校でも知的障害児を対象とした学校から肢体不自由児を対象とした学校に移ることもあった。調査対象の半数が学籍移動を経験し、中には複数回経験した児童生徒もいた。
「児童生徒が高校に進学すると、高校には特別支援学級がないため、進学先を高校 (通常の学級) にするか特別支援学校高等部にするかを選ぶ必要が出てきます。保護者は就学や進学などの子どもの将来に不安を感じていますが、学籍移動の課題はあまり認識されていません」と先生は指摘する。
教育的支援を実感する機会が必要
永井先生はムコ多糖症の子どもを持つ保護者の学校教育に対する満足度も調べることで、ムコ多糖症の児童生徒に対する教育的支援のあるべき姿を探った。
永井先生が着目したのは、保護者の満足度が幼児教育機関の在籍時と小学校在籍時の間で違いがあったことである。
幼児教育機関在籍時も小学校在籍時も、配慮や支援を認識している場合には満足度が高かった。一方、配慮や支援を認識していない場合を見ると、幼児教育機関在籍時に満足度が低く出ているのに対して、小学校在籍時になると満足、不満の「どちらでもない」という回答が多くなっていた。
永井先生は「保護者は配慮や支援を受けられない状態が長期にわたって続いたために『何もやってもらえない』『言っても無駄だ』と思っている可能性があると思います。ムコ多糖症の学校教育での配慮や支援が保護者に届いておらず、諦めにつながっている恐れがある。保護者が教育的支援を実感できる共有の機会を作ることが必要と考えます」と指摘する。
永井先生はアンケートの回答の記述をさらに細かく分解し、学校教育のどのような配慮や支援があると満足につながるのかを分析した。その結果として、満足につながったのは「個別対応」と「心理的安定」であることが分かった。個別対応とは教員らが一人ひとりの子どもに個別の支援を行ったり、子どものペースに合わせて行動したりすることである。心理的安定は、子どもの気持ちを尊重したり、達成感を重視したりする対応である。体調の変化に気を配ったり、無理をさせなかったりする「健康状態の維持」は満足度とは関連していなかった。
分析結果を受けて永井先生は「保護者には『健康への配慮は当然』という認識がある可能性があります。そのため、健康への配慮に加えて、個別対応と心理的安定を心掛けることが教育に対する保護者の満足感や教員への信頼を得やすい」と解説する。
図・在籍する教育機関による保護者の認識の違い 1, 2, 3)(提供:大阪大学大学院人間科学研究科助教 永井 祐也先生)
永井先生はムコ多糖症の子どもを持つ保護者を対象とした全国調査の結果も踏まえて、保護者のストレスや不満の要因として学校教育の問題も考える必要があると指摘する。
「家庭生活や医療受診も大切ですが、子どもにとっては学校生活も日常的な活動である」という視点は抜け落ちる傾向があります。保護者の精神の健康状態を考えても、学校教育における要素を考慮することは欠かせません。学校教育では個別の指導・支援計画を作り、目標を作る必要があると指摘する。保護者が不満になる場合はそうした体制が十分に機能していないのではないかと見る。「計画を作ることは求められているものの、形式的になっている可能性があります。児童生徒や保護者が納得していないことも考えられます。心臓疾患等の児童生徒に対する学校生活管理指導表のようなものを応用し、配慮事項を示すことも大切でしょう。担任の先生が中心になり、養護教諭、校長や教頭の管理職、特別支援教育コーディネーター等の連携も大切になります」と述べる。
よりよい学校生活を保障するために医療関係者ができること
医療関係者は学校教育の課題にどのように向き合えばよいのだろうか。
医療と教育の連携については一層大切になるという。永井先生は「学校の先生が病気や治療などムコ多糖症のことを知らないことは勉強不足ではないととらえてよいと考えています。情報はインターネットなどでも得られますから最低限の情報を学ぶことが大切です。医療者は学校の教員や家族に対して、目の前のムコ多糖症の子どもの個別の病状や配慮事項を正しく理解し、適切な配慮・支援につなげる上で重要な役割を果たすことができます。接するときには、ぜひ自己管理能力の育成の大切さについてお話ししていただきたいと思います」という。
「例えば、慢性疾患のある児童生徒がクラスメイトに病気について伝えるかどうかは問題になることがあります。自分の病名を伝えないまでも、配慮や支援の必要性を納得してもらうことは大切です。周囲の納得がないと、配慮や支援を受けている本人が居心地悪く感じるようになることもあります。ですから保護者は病気のことや配慮・支援が必要なことをクラスメイトに理解してもらうよう先生から伝えてほしいと依頼した方がいいのです。とはいえ保護者は子どもへの影響を不安に覚えて、ためらうこともあります。そこで、医療者から保護者に周囲の納得を得る必要性を話していただけると、保護者の背中を押す力になるでしょう」
「学校の教員は、児童生徒は誰しも配慮や支援を必要とし、ムコ多糖症の子どもはより多くの支援が必要だけれども、支援が必要なのはみんなと同じだと伝えてくれれば、周囲の児童生徒も納得できると考えています」と語る。
医療関係者が学校教育にも理解を示すことで、患者が受けている教育的支援の充実につながる。保護者の不満やストレスが軽減され、ひいては患者に対するよりよい医療の提供につながることにも期待したい。
永井 祐也先生
永井 祐也(ながい ゆうや)先生
大阪大学大学院人間科学研究科助教。2011年、和歌山大学教育学部卒業。2017年に大阪大学人間科学研究科修了。くらしき作陽大学子ども教育学部専任講師を経て現職。
文献
- 久保恭子. ムコ多糖症児の養育者の社会的・心理的問題の検討: 69, 63-69. 小児保健研究. 2010.
- 久保恭子, 田崎知恵子. ムコ多糖症児の家族の精神健康状態と日常生活ケアとの関連: 3, 103-114. 共立女子短期大学看護学科紀要. 2008.
- 久保恭子, 田崎知恵子, 及川裕子. ムコ多糖症児の養育者の精神健康状態と関連要因: 67, 878-884. 小児保健研究. 2008.
- 永井祐也, 武田鉄郎. ムコ多糖症のある幼児児童生徒への教育的支援に関する保護者の認識: 53, 175-183. 特殊教育学研究. 2015.
- 永井祐也, 武田鉄郎. ムコ多糖症のある幼児児童生徒の保護者が認識した教育的支援と満足の評価: 56, 11-20. 特殊教育学研究. 2018.
- 本ページでは、配信元であるステラ・メディックスが作成したコンテンツを医学および薬学の発展のために提供しております。本コンテンツは、弊社医薬品の広告宣伝を目的としたものではありません。