ムコ多糖症Ⅱ型治療剤「イズカーゴ®」神戸原薬工場、技術で医療に貢献

安定的生産を支えるプロセス改善と人"財"育成

2021.12.9(聞き手:ステラ・メディックス 星良孝)

 遺伝子組換えムコ多糖症Ⅱ型治療剤「イズカーゴ®点滴静注用10mg〔パビナフスプアルファ(遺伝子組換え)点滴静注用製剤〕(以下、イズカーゴ)」の原薬は兵庫県神戸市の原薬工場で生産されている。

 バイオ医薬品の生産実績を背景に、自社開発薬の安定的な生産を実現した。今回、イズカーゴの生産に取り組む神戸原薬ユニットの銭谷康志氏らを訪ね、技術と医療への思いを聞いた。

神戸原薬ユニット長を務める銭谷康志氏(中央)と同ユニット主任の福井麻由氏(右)、同主任の黒木健太郎氏(撮影:菅野勝男)

神戸原薬ユニット長を務める銭谷康志氏(中央)と同ユニット主任の福井麻由氏(右)、同主任の黒木健太郎氏(撮影:菅野勝男、以下同)

 今回取材に対応してくれたのは、2003年からJCRファーマに所属し、同社のバイオ医薬品すべての生産に関わってきた、神戸原薬ユニット長を務める銭谷康志氏である。さらに、化学工学の専門を背景に2017年からイズカーゴの生産に取り組んでいる、同ユニット主任の福井麻由氏、同じく2017年からバイオ医薬品生産の経験を生かしてイズカーゴ生産に取り組む主任の黒木健太郎氏だ。

 銭谷氏は「イズカーゴは今まで治療が難しかったアンメットメディカルニーズに応えることのできる自社開発の薬であり、我々が世界に送り出す最初のバイオ医薬品になります。生産チームとしては高いモチベーションをもって生産に取り組んできました」と説明する。

 JCRファーマの研究所がイズカーゴを開発し、自社による臨床試験で効果を確認して、承認まで導いた。世界に先駆けて日本で2021年5月から発売し、これから世界で販売する計画となっている。銭谷氏は、「世界に薬を送り出すことを見据えて、海外の規制当局が求める『GMP(Good Manufacturing Practice、医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)』を満たすため、生産プロセスと品質保証システムのさらなる改善を進めます。世界の基準に合わせていくことで、JCRファーマの生産レベルを一層高めていきたと思っています」と展望について話す。

JCRファーマのバイオ医薬品すべての生産に関わってきた銭谷氏

JCRファーマのバイオ医薬品すべての生産に関わってきた銭谷氏

バイオシミラーで養った生産技術や経験を結集

 自社開発したイズカーゴの生産を海外の基準に照らして遜色がない生産体制で進められる理由として、他のバイオ医薬品の生産で蓄積してきた技術やノウハウ、経験が生かされているからといえるだろう。

 JCRファーマではエポエチン アルファ BS「JCR」を生産したことから始まり、ダルベポエチン アルファ BS「JCR」、アガルシダーゼ ベータ BS「JCR」とバイオ後続品(バイオシミラー)を生産してきた。こうした動きがあってイズカーゴの生産も設備やプロセスなどの構築に当たることができるようになったという。

 銭谷氏は「私たちはまずバイオシミラーの生産を手掛けました。製造プロセスや試験方法は自社で開発する必要がありましたが、既にある先発品の品質に合わせて同品質の薬剤を作るのが仕事になります」と説明する。

 それに対して、自社開発の新医薬品となるイズカーゴの生産では、目標となる品質を設定して、自らの手本となるスタンダードを構築するところからが仕事になる。そのため一層高いレベルの技術が求められる。JCRファーマでは2016年頃から研究所と原薬工場で治験薬製造の議論に着手し、臨床試験が本格化する2017年から研究所で構築したプロセスを原薬工場の生産体制へと落とし込んでいった。

 銭谷氏は、「バイオシミラー生産で養った技術や経験を生かしながら、生産プロセスに内在するリスクを特定してプロセスの組み立てを速やかに進めていきました。私たちはバイオ医薬品の生産には慣れていますから、自社開発の新医薬品であっても設備やプロセスなどの構築に対応できる能力を十分に備えられていたと考えています」と振り返る。

 バイオ医薬品の生産においては、まず研究所が生産プロセスの原型を作り、それに基づいて原薬工場が実際の生産プロセスを構築していくことになる。JCRファーマの製品は主に少量多品目であるため、大きなタンクを原薬工場で使うわけではなく、研究所で作られた原型に近い形で商業生産も行われる。JCRファーマでは、原薬工場が研究所と連接しているために、研究所が原型を構築する段階から原薬工場が関与してより良いプロセスを作り上げられるのは大きいという。

 銭谷氏は「新薬の製造プロセスでは、研究所のスケールであれば厳密に管理しやすいパラメーターであっても、工場での生産スケールにすると微妙な調節が難しくなるケースがあります。また、例えば研究所の計画の段階で大量の薬液を使おうと想定していても、実際の生産スケールに当てはめると量が多すぎて対応しきれないこともあります。そうした違いに配慮しながら、早めに研究所と原薬工場が連携できるのは私たちの強みではないかと考えています」と話す。

 こうして初期段階のうちに商業生産に近いプロセスを作り込むことができるのがJCRファーマの強みと言えるだろう。

品質を『標準化』と『人財育成』で高めていく

 現在、生産プロセスの標準化などを担当している福井麻由氏はイズカーゴの生産が本格的になった2017年のタイミングで他の医薬品メーカーから転職してきた経歴を持っている。大学では化学工学を専門として、その経験を生かして薬剤の生産に一貫して携わってきた。

生産プロセスの標準化などを担当している福井氏

生産プロセスの標準化などを担当している福井氏

 福井氏の仕事は新薬の作業プロセスを構築することである。つまり、誰にでも対応できるように生産プロセスを明文化し、作業者は決められたプロセスに従うだけでよい形になるまでプロセスの曖昧さを排除していくことである。福井氏は、「手順を明確にし、言わなくても通じるものにアップデートしていきます。そのときに様々な人の目を入れて足りないところを埋め、ブラッシュアップを続けていきます」と話す。このようなプロセスの『標準化』は安定的な生産にとって大切な要素の一つとなる。

 JCRファーマでは新しい設備の導入も臨機応変に対応できるようにしている。2000年代に単回使用のシングルユースバックを細胞培養のために採用したのはそうした事例の一つだろう。バイオ医薬品は培養液に細胞を浮遊させてバイオ医薬品を生産しているが、従来はステンレスのタンクの中に直接培養液を入れるのが一般的だった。最近ではシングルユースバックに培養液を入れて培養する形が普及しつつあるのだが、JCRファーマでの導入は早かった。「意味のある改善や挑戦」と判断されれば、速やかに導入が進められるのは、現場の意見が通りやすい文化が根付いているからである。

 こうした文化の下、生産現場での教育体制も進化している。自ら手を挙げて新卒教育に力を入れているのが福井氏と同じく生産プロセスの管理に当たる黒木健太郎氏。バイオ医薬品の生産に関わってきた経験を持っており、2017年からイズカーゴの生産に携わっている。

 黒木氏は、「以前にもバイオ医薬品の生産に関わってきた経験があります。その時の経験から工場の製造能力が拡大しているフェーズでは、教育体制も強化する必要があると感じていました。そこで、弊社でも生産現場での教育に力を入れていこうと提案したところ、取り組むことになりました」と説明する。

 バイオ医薬品の生産体制は日々柔軟に変更している。必要に応じて設置機材を組み立て直すなど、現場での作業は一定ではない。こうした日々変わる働き方に対応するには、作業者一人ひとりが全体を把握した上で、自発的に作業できないといけない。

 黒木氏は柔軟な働き方ができるように、工場の生産プロセスを大きく50の作業内容・技能に分けた。そして、それぞれの作業すべてに対し、新人でも対応できるための教育プログラムを作った。具体的には一つ一つのプロセスの作業内容・技能をまとめた「スキルマップ」を設け、先輩にあたる若手指導者が手助けしながら新人に生産業務に当たってもらう。その後、一人で作業がこなせるまで評価とフィードバックを繰り返し引き上げていく。働く人の能力を設定された基準に沿って引き上げていく教育の仕組みは、生産プロセスの標準化にも通じるところがある。

 このようにプロセスの標準化や人財育成に力を入れる人たちの貢献があってこそ、バイオ医薬品の品質は安定的になるのだろう。

黒木氏は患者会に足を運び子どもを助けたいという保護者の声を直に聞いた

黒木氏は患者会に足を運び子どもを助けたいという保護者の声を直に聞いた

患者さんの声が工場に届く仕組みを持つ

 臨床現場から遠いように見える生産部門も医療に貢献していこうという浅からぬ思いを胸に抱いている。

 JCRファーマでは「希少疾病にJCRファーマのできること」を合言葉に部門横断的に結成された社内啓発プロジェクト「RARE DISEASE プロジェクト」があり、原薬工場をはじめ幅広い部門で働く社員たちも患者会等に参加する機会がある。実際に患者会へ足を運んだ黒木氏は、「保護者から子どもを助けたいという強い思いのこもった声を聞くことがあった。」と話す。

 福井氏も「工学部の出身ながら製薬企業に入ったからには医療に貢献したいという思いも抱いていました。以前は今よりも規模の大きな企業の生産部門に所属しており、どうしても生産の一部を担うばかりでなかなか貢献が見えづらくなっていました。その点、JCRファーマは臨床現場の声が生産本部にも入り、貢献している意識を強く感じます」と話す。

 JCRファーマの社内では、イズカーゴによる治療経験談を全社で共有できる仕組みもある。「患者さんの前向きな経験談を聞けると、とてもうれしい」と神戸原薬ユニットのチームは口を揃える。ムコ多糖症II型の治療が成功することを医薬品の工場で製造に携わる人々も関心を寄せ、思いをはせている。

文献

  1. 社内資料:JR-141の臨床に関する概括評価:有効性の結果 (2021年3月23日承認、CTD2.5.4.3) (承認時評価資料)
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