【特集】拡大新生児スクリーニング
ライソゾーム病拡大新生児スクリーニングの現状と課題

熊本大学大学院生命科学研究部 小児科学講座 教授
中村 公俊 先生

 現在、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型を含む一部のライソゾーム病の新生児スクリーニングは、限定された地域・施設で「拡大新生児スクリーニング」として有料で行われています。本特集では、日本各地で行われている拡大新生児スクリーニングの取り組みを紹介します。
 今回は総論として、日本における新生児スクリーニングのあゆみ、ライソゾーム病拡大新生児スクリーニングの現状と課題、今後の展望について、熊本大学大学院生命科学研究部 小児科学講座 教授の中村公俊先生に伺いました。

インタビュー実施日:2022年8月4日

日本における新生児スクリーニングのあゆみ

――日本において、新生児スクリーニングの取り組みはどのように進められてきたのでしょうか?

 新生児スクリーニングは、治療法のある難病を発症前、または早期に診断することを目的として行われるものです。わが国では1977年に公費負担による新生児スクリーニングが開始され、2014年からは従来のガスリー法に代わってタンデムマス法が導入されたことで、それまで6疾患であった対象疾患が20疾患あまりに拡大しました。
 近年では治療可能な難病が増えるにつれて、既存の公費負担による新生児スクリーニングの対象疾患のみでは、早期治療が必要な疾患の早期診断には不十分であると認識されてきています。
 早期診断の必要性が注目され、診断に関連する検査技術の開発や知見の集積が進んだことで、新生児スクリーニングの対象となり得る疾患はさらに増えてきました。その一例がファブリー病をはじめとするライソゾーム病であり、ろ紙血検体を用いた酵素活性測定法の開発・普及や、疾患責任遺伝子の変異に関する理解の深化により、ライソゾーム病の早期診断のために拡大新生児スクリーニングを開始する地域が広がりつつあります。
 また、ろ紙血検体の定量PCR(qPCR)検査により、原発性免疫不全症(PID)や脊髄性筋萎縮症(SMA)のスクリーニングを行う試みも進められています。

ライソゾーム病拡大新生児スクリーニングの現状

――現在、日本におけるライソゾーム病の新生児スクリーニングは、どのような状況にあるのでしょうか?

 ライソゾーム病は現在までに50種あまり報告されており1)、わが国ではそのうち31疾患が指定難病の対象とされています2)。一部のライソゾーム病は酵素補充療法などの治療法が確立しており、このうち新生児スクリーニングの対象疾患として主に検討が進められてきたのはファブリー病、ポンペ病、ゴーシェ病、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型の5疾患です。
 現時点で、わが国ではライソゾーム病は公費負担による新生児スクリーニングの対象疾患ではありません。そのためライソゾーム病の新生児スクリーニングは、限定された地域・施設で「拡大新生児スクリーニング」として有料で行われているのが現状です。

ライソゾーム病拡大新生児スクリーニングの意義

――ライソゾーム病を対象とした新生児スクリーニングの意義は、どのような点にあるのでしょうか?

 ライソゾーム病以外の疾患とも共通しますが、確定診断前の不要な受診や検査の繰り返しを避けられる、不可逆的な症状が発症・進行する前に治療を開始できる、専門施設への相談が容易になる、診断後の支援体制が期待できる、などが挙げられます。
 例えばムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型は関節や骨に出現する症状がQOLを低下させてしまう疾患ですが、新生児スクリーニングによって早期に診断できれば、こうした症状が発症・進行する前に治療を開始することでQOLの低下を防ぐことができる可能性があります。

中村先生

拡大新生児スクリーニングをどう進めていくべきか

――拡大新生児スクリーニングを新規に開始する際に必要なことは何でしょうか?

 まず、事業を主導する責任医師、あるいは公認団体が、「必ず実施する」という強い決意の下、自治体の理解と協力を得ることだと思います。特に、現在行われている公費負担の新生児スクリーニングの体制を利用する形で拡大新生児スクリーニングを行うのであれば、その意義を自治体に理解していただくことが不可欠です。
 次に、検査センターならびに産科施設の協力を得ることです。実際に検査を行うのは検査センターであり、実際に保護者の同意を得て検体を採取するのは産科施設です。検査センターと産科施設のそれぞれに拡大新生児スクリーニングの意義を説明し、協力体制を築くことが求められます。
 最後に、検査後の対応も可能な体制を整えることです。拡大新生児スクリーニングを行うからには家族に対する倫理的配慮が必要であり、説明と同意、フォローアップにおける遺伝カウンセリングや確定診断、治療についても対応可能でなければなりません。加えて、実施結果を公表できる体制も敷いておく必要があります。
 拡大新生児スクリーニングを新規に開始する際には、これらの項目を随時チェックすることが大切だと思います()。

図 拡大新生児スクリーニングをどう進めていくべきか

図 拡大新生児スクリーニングをどう進めていくべきか
提供:熊本大学大学院生命科学研究部 小児科学講座 中村公俊先生

拡大新生児スクリーニングの今後

――今後、拡大新生児スクリーニングはどのように展開していくべきとお考えでしょうか?

 そもそもの新生児スクリーニング(公費負担による新生児スクリーニング)は国策として推進される公衆衛生事業であり、その趣旨に照らせば、経済的に許される人や情報を知っている人だけが受けるという状況は好ましくありません3)。現在各地で、有料で行われている拡大新生児スクリーニングの対象疾患も、将来的には公費負担による新生児スクリーニングの対象となることが望ましいと考えています。
 2019年に施行された「成育基本法」に基づき、2021年に閣議決定された「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」には、「新生児へのマススクリーニング検査の実施により先天性代謝異常等を早期に発見し、その後の治療や生活指導等につなげるなど、先天性代謝異常等への対応を推進する。」と記載されています4)
 公費負担による新生児スクリーニングの対象疾患の拡充について議論する際には、対象候補疾患を評価し、対象疾患を選定するための評価項目と選定基準が必要です。この点については現在、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の研究班でも検討が進められており5)、得られた成果が政策提言へとつながっていくことが期待されます。
 同時に、現在各地で行われている拡大新生児スクリーニングの取り組みを通じて、その有用性、すなわち早期に診断された患者さんにどのような利益があったかを示す知見が蓄積されていくことに期待しています。

文献

  1. 衞藤義勝. 日本臨牀 77(8): 1238-1244, 2019.
  2. ライソゾーム病(指定難病19):難病情報センター(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4061
  3. 厚生労働科学研究(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)「タンデムマス導入による新生児マススクリーニング体制の整備と質的向上に関する研究」(研究代表者:山口清次):新しい新生児マススクリーニング タンデムマスQ&A 2012, p.6, 2012.(https://tandem-ms.or.jp/wp/wp-content/themes/tms/pdf/tandem-ms_Q&A2012.pdf
  4. 2021年2月9日閣議決定:成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針, p.14, 2021.(https://www.mhlw.go.jp/content/000735844.pdf
  5. 2020~22年度 AMED 成育疾患克服等総合研究事業―BIRTHDAY「新生児マススクリーニング対象拡充のための疾患選定基準の確立」(研究代表者:但馬剛)