ペルオキシソーム病の診療体制を確立するまでの研究活動

岐阜大学高等研究院科学研究基盤センター ゲノム研究分野 教授 下澤 伸行先生

2022.2.17(聞き手:ステラ・メディックス 星 良孝)

 ペルオキシソーム病は1980年代以降に原因が明らかになった比較的、研究の歴史が浅い疾患である。岐阜大学の研究グループは世界に先駆けてこの疾患の病態解明を進めてきたことで知られている。同グループの研究により疾患が認知され、2021年からは新生児マススクリーニングも始まった。

 同大学の下澤伸行先生に世界初の病因遺伝子発見から診療体制の確立までの活動を聞く。

下澤伸行先生(撮影:越野龍彦、以下同)

下澤 伸行先生(撮影:越野 龍彦、以下同)

 下澤先生がペルオキシソーム病の研究に着手したのはおよそ35年前の1986年のことだった。岐阜大学小児科にペルオキシソームが欠損するZellweger症候群(脳肝腎症候群、ツェルベガー症候群)の新生児が入院したのがきっかけである。

 当時は疾患自体があまり知られておらず、当初診断が付かなかったが、これを契機に下澤先生の先輩の鈴木康之先生が臨床研究をスタートし、下澤先生も共に研究に取り組むことになった。

 「当時の岐阜大学小児科の教授であった折居忠夫先生が先天代謝異常を主な研究テーマとしており、その中でもライソゾーム病であるムコ多糖症の研究を進めていました。そのような背景から、ペルオキシソーム病の研究にも前向きに取り込みやすい環境がありました。さらに信州大学の橋本隆先生がペルオキシソーム病の基礎研究に取り組んでおり、岐阜大学が共同研究を始めることになりました」と下澤先生は振り返る。

 そもそもペルオキシソームは1954年にミクロボディーという形で発見され、1965年にペルオキシソームと名付けられていた。

 「ペルオキシソームは細胞内オルガネラと呼ばれる細胞内小器官の一つです。ライソゾームやミトコンドリアと比べると研究の歴史が浅いために現在に至っても十分に知れわたっていません」と下澤先生は説明する。

 研究のきっかけになったZellweger症候群は1964年に、脳、肝臓、腎臓に障害を持つ原因不明の家族性症候群として報告され、脳肝腎症候群とも呼ばれた。

 1973年にZellweger症候群の患児の肝細胞でペルオキシソームが欠損していると判明する。ただし、このときにはペルオキシソームが十分に理解されておらず注目されなかった。

科学誌「Science」で世界初の報告

 1992年、下澤先生はペルオキシソーム形成遺伝子がZellweger症候群の病因遺伝子であることを突き止め、科学誌「Science」で世界初の発表をした。この研究結果は世界的にも画期的な発見であり、国内外の医療にインパクトを与えた。

 下澤先生は、「1976年にペルオキシソームがミトコンドリアとは異なるβ酸化系の代謝を担う存在であると判明したことが転機となり、それから俄然注目されるようになりました」と解説する。

 その後、ペルオキシソーム欠損を調べることでペルオキシソームの機能は徐々に解明されていくことになる。ペルオキシソームの代謝機能や先天性単独酵素欠損症が報告され、1980年代後半にペルオキソシーム病の概念が確立されていった。

 ペルオキシソームの主な役割は脂質の代謝であり、特に脂肪酸のβ酸化を担うことである。極長鎖脂肪酸などの分解に関わり、ペルオキシソームに関連した酵素欠損による疾患が徐々に明らかになってはいたものの、Zellweger症候群の原因は分からなかった。酵素の欠損とは別の異常が考えられていた。

 そうした中で「ペルオキシソーム形成遺伝子PEX」が酵母で見つかり、日本で別のペルオキシソーム形成遺伝子がラットで見つかるという研究成果が報告されていた。

 下澤先生はペルオキシソーム形成遺伝子とZellweger症候群をつなぐ当時は見えていない関連性に着目し、日本でラットのペルオキシソーム形成遺伝子を発見した研究グループと共同研究を進めることになる。この中で、ペルオキシソームの欠損した患者細胞にクローニングしたヒトのペルオキシソーム形成遺伝子を導入することにより、ペルオキシソームを回復させることに成功した。

 さらにZellweger症候群の患児と両親の遺伝子解析を行って、患児がペルオキシソーム形成遺伝子に変異を持ち、両親も対の遺伝子の片方に変異を持つことを確認した。これにより両親から受け継がれたペルオキシソーム形成遺伝子の遺伝子変異によって患児のZellweger症候群が常染色体劣勢遺伝形式で発症していると突き止めた。

 「こうして、Zellweger症候群の病因遺伝子を世界で初めて報告することになりました。それまで遺伝性疾患というと単独酵素欠損が知られていましたが、この症候群では遺伝子変異によって酵素欠損するのではなく、オルガネラを形作ることができなくなるというメカニズムであり未知のものでした。そこには、疾患を引き起こす原因に大きな違いが存在していました。なお、この病態解明はZellweger症候群の患児を研究する機会に巡り合ったからこそ成功したものです。疾患の発症に関わるメカニズムの解明を含めて、医療の概念を変え、新しい扉を開いた研究となりました」と下澤先生は振り返る。

下澤伸行先生

下澤 伸行先生

副腎白質ジストロフィー診療ガイドラインをまとめる

 下澤先生を中心とする岐阜大学の研究グループはペルオキシソーム形成異常症の病因遺伝子を次々と解明し、2004年に13番目の遺伝子を特定した。ペルオキシソーム病の病態も徐々に明らかになり、大きく2つのタイプに分かれることも明確になった。

 一つは下澤先生が解明したペルオキシソーム形成遺伝子に関わる異常で、ペルオキシソームを形作れないために起こるペルオキシソーム形成異常症である。

 もう一つはペルオキシソームに含まれる酵素や膜タンパクの単独欠損による疾患である。ペルオキシソーム病で最も多い副腎白質ジストロフィー(ALD)などが含まれる。

 ペルオキシソーム病の病態解明が進み、ペルオキシソーム形成遺伝子の役割も全体像が明らかになったが、「それでもペルオキシソーム病の病態に関してはまだまだ未知の部分が少なくはありません」と下澤先生は解説する。

 例えば、ペルオキシソーム病の主な病態として神経変性があるが、脂質の代謝に異常が起きた場合になぜ神経変性が起きるのかは未解明で、ペルオキシソーム病の研究は現在進行形で取り組まれている。

 そうした下澤先生をはじめ世界の研究グループの研究成果によってペルオキシソーム病の認知度が着実に高まってきたのも事実である。

 国内では指定難病としてペルオキシソーム病の一つ、副腎白質ジストロフィーが2015年1月に指定され、ペルオキシソーム病(副腎白質ジストロフィーを除く)が同年7月に指定されることになる。

 下澤先生は厚労科研難治性疾患政策研究事業で副腎白質ジストロフィー診療ガイドラインを作成委員長として携わり、2019年に発刊、現在も改訂版を編集中である。海外においてはペルオキシソーム病の教科書を2020年2月に発行し、国内外のペルオキシソーム病診療を支援する。

 岐阜大学ではペルオキシソーム病の診断システムの構築も進めた。全国の医療機関からペルオキシソーム病の疑い、あるいは原因不明の神経変性疾患の診断依頼を受け付け、浜松医科大学とも協力して遺伝子変異を特定するなどして正確な診断と治療情報を提供できるようにしている。さらに疾患情報や患者検体を収集し、病態解明と治療法の開発も進めている。研究室の高島茂雄先生を中心にペルオキシソーム欠損ゼブラフィッシュを作製、臓器ごとの発症機序の解明から、稚魚の泳ぎの異常や体表が透明であることを生かした創薬スクリーニングの開発研究にも取り組んでいる。

新生児マススクリーニングを実現

 下澤先生は研究の成果を臨床に結びつけ、診療体制の整備まで活動を深めている。

 一つは自らの研究室で診療にも対応可能な臨床検査体制を整えたことである。

 下澤先生の研究室ではもともと研究としてペルオキシソーム病患者の遺伝子解析などを行っていたものの、研究として対応する限りは主治医に結果を返す際に「直接、診断の用をなさない」という注釈を付ける必要があった。「それでは提供する解析結果に対して主治医や患者さんは不安に思う」と下澤先生は考え、検査手順の精度管理を整備した上で、極長鎖脂肪酸検査については難病検査部門を開設して病院検査部の管理下で行うとともに、遺伝子検査については自らの研究棟内に衛生検査所を設置する行政手続きを進めた。その結果として保険診療にも対応した臨床検査が可能となり、診断検査結果の信頼性を高めることになった。

研究棟内に病院検査部難病検査室を設置。

研究棟内に病院検査部難病検査室を設置。

 さらに、最も症例が多い副腎白質ジストロフィーの新生児マススクリーニングも実現した。2021年4月から岐阜県で公的に行われている新生児マススクリーニングに副腎白質ジストロフィーなどの検査も追加して、希望者は有償で検査を受けられるようになった。その結果、12月には県内出生の80%近くの新生児が受検している。

 ペルオキシソーム病の中でも最も多い副腎白質ジストロフィーはペルオキシソームの膜タンパク質の一つABCD1の遺伝子異常により発症することが分かっている。この疾患はX連鎖性遺伝形式であり、男性において中枢神経の白質や脊髄、副腎に障害を起こすほか、女性でも加齢と共に脊髄症を起こすことがある。

 遺伝子型に一致しない複数の臨床型を有するのが特徴で、多彩な症状で発症するために臨床的な早期診断が難しいことが問題になる。臨床病型は大脳型と呼ばれる発達障害や行動障害から数年で寝たきりになる重篤な病型のほか、脊髄症状をきたす副腎脊髄ニューロパチー、小脳失調などが起こる小脳・脳幹型、副腎機能が低下するアジソン型がある。大脳型に対して唯一の治療が発症早期の造血幹細胞移植であり、早期診断と早期治療が重要になる。発症前から極長鎖脂肪酸が増加しているため、家系内解析や新生児マススクリーニングの導入が早期診断につながる。

 岐阜大学では2007年に家系解析による発症前診断によって早期介入が可能となり発症を防いだ事例があり、これが転機になった。発症前診断の意義が認識されて、新生児マススクリーニング推進につながった。下澤先生は2020年から複数の国のプロジェクト研究にも参加して、ペルオキシソーム病の新生児マススクリーニングの開発、体制整備を進め、前述の通り2021年4月から早期診断につながる検査が始まった。

 この検査は、まず新生児の血液から極長鎖脂肪酸を検出し、陽性例については結果と診療情報を主治医に通知する。その上で保護者からの同意を得て精密診断施設に検体を送り、保険診療で検査を実施する。その結果に基づいて主治医や全国の新生児マススクリーニング実施施設が遺伝カウンセリングから家系内解析、長期予後追跡を行うという仕組みである。ただ現状では発症前に診断しても病型予測は難しく、スクリーニング検査をより患者の利益につなげるためには病型を規定する要因の解明が世界中で期待されている。

 一方、大脳型を既に発症した患者ではできるだけ早期の診断が重要で、「発症早期は多彩な症状を示すために担当医や学校、社会の啓発は欠かせません。副腎白質ジストロフィーのパンフレットを設けて啓発に当たっています。幼児期から思春期までの間に初期症状や併発症状として多いものは、見づらそうにしているものの視力検査で異常がない、斜視が気になる、知的障害や自閉症、落ち着きのなさ、学習困難などに注意が必要です。診断の体制を確立することも重要になります。診断後は、できるだけ迅速に骨髄バンクや臍帯血バンクからHLAの型が一致した造血幹細胞移植につなげることが重要になります」と下澤先生は話す。

 下澤先生はこれからもペルオキシソーム病の研究成果を臨床につなげ、1人でも多くの難病患者の予後改善を目指す活動を継続する。

下澤先生の管理する遺伝子検査室が登録衛生検査所であることを掲示している。

下澤先生の管理する遺伝子検査室が登録衛生検査所であることを掲示している。

下澤 伸行(しもざわ のぶゆき)先生

岐阜大学高等研究院科学研究基盤センター ゲノム研究分野教授。1982年、岐阜大学医学部を卒業。鳥取大学、岐阜県立岐阜病院などを経て、1993年岐阜大学小児科講師、2000年トロント小児病院、2001年岐阜大学小児科助教授、2004年に同大学生命科学総合研究支援センターゲノム研究分野教授、および小児科併任教授。2007年より同大学大学院連合創薬医療情報研究科医療情報学専攻教授。2020年より同大学高等研究院科学研究基盤センター ゲノム研究分野教授。2021年より同大学糖鎖生命コア研究所糖鎖分子科学研究センター教授。

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